クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

残念な名物

普通のブログらしく少し明るい話題にしようと思う。


日本全国を隈なく廻ったわけではないが、行った先々ではなんとなく名物を食べたくなる。

しかし、名物はあくまでその土地の推薦品であって、美味を保証するわけではない。

ここではグルメでもなんでもない私が出会った残念な名物を紹介したい。


飛騨牛の朴葉味噌焼き」

これは冬に西穂高岳を登りに行った帰り、新穂高温泉で食べた。

はっきり言って不味くはなかった。小型固形燃料の上に湿った朴葉が乗っており、その上で飛騨牛に葱味噌を付けて焼く。

朴葉の上で湯気を立てながら桃色の肉に僅かな焼き色が付く姿はなかなかのものだった。

しかし、嬉々として食した瞬間、明らかな名前負けを悟らざるを得なくなった。

飛騨牛」である。「朴葉味噌」である。岐阜の誇る二大名物、このタッグなら間違いないと勝手に期待していたのだが、普通の味だった。朴葉ではなく普通に鉄板で焼いた方がいいと思うのは不遜だろうか。


「広島風お好み焼き」

言い訳から入るが、広島風お好み焼きは好きである。一年少々住んで、関西風よりある意味好きになった。

それではなぜここに挙げるかというと、初めて食べたものが美味くなかったからである。

初めて広島でお好み焼きを食べたのは高校の卒業旅行である。男四人、尾道で釣りをし、広島で原爆資料館に行くという硬派な旅行である。なぜ広島だったかはよく思い出せないが、仲間の一人が釣りをしたいという理由だった気がする。

広島での夜、とりあえず名物ということでお好み焼きを食べに行った。観光客向けというより地元向けといった飾らない雰囲気の店で期待が持てた。四人で座敷にあぐらをかき、壁の品書きを眺める。

真面目な高校生だった我々はビールなんぞ頼まない。そして新米観光客よろしく広島名物の牡蠣などのたっぷり載ったデラックス版お好み焼きを注文した。

店が混雑しているせいか、三十分ほどしてデラックスは登場した。大粒の牡蠣が詰まっており、これぞ広島である。

腹の減った我々は勢いがっついた。しかし、しかしなのである。不味くはない。不味くはないのだが、何かが足りない。とりあえず腹が減ってるのでみんな黙々と平らげたが、感想を述べ合うことはなかった。

後年、広島に住んでわかったのは、お好み焼きはシンプルが一番だということだ。少しカリカリした生地の表面とふかふかのキャベツ、歯ごたえのある麺があれば十分だ。

広島名物といえば牡蠣だが、牡蠣はフライが一番美味しい。お好み焼きに入れるとソースの甘みと牡蠣の苦味で舌の上がカオスとなる。お好み焼きも牡蠣も不味いわけではないので、「不味くはない」としか言いようがない。

名物だからといって組み合わせればいいわけではない。


ソースカツ丼

これはさらっといきたい。

5月の残雪期、中央アルプス木曽駒ヶ岳に行った帰りに駒ヶ根で食べた。バスに乗るまでに時間があったので地元名物を抑えに行った。

店舗は登山口にある店らしくロッジ風でいかにも美味しそうな雰囲気を醸している。宮沢賢治の『注文の多い料理店』を想起しそうだ。

午後三時前という中途半端な時間だったため、客は私一人だ。

地元ビールを注文して一息つく。信州のビールは少しフルーツっぽい甘みがあってどれも好きだ。

しばらく登山中の写真をカメラの画面で眺めていると、真打ちソースカツ丼が登場した。手のひらのような黄金色のカツが薄く敷いたキャベツの上に鎮座している。写真を撮ってから、待ちきれず一口。

普通だった。

普通にソースを付けたカツだった。以上である。

まあB級グルメと名乗っている以上は過度な期待は禁物であるし、苦情を言うわけにもいかない。


「サザエ丼」

冒頭でも私はグルメではないと断りを入れた。味の評価は主観的なものなので、私の感想とは逆に稀代の名作と言う人がいるかもしれない。

こう断りを入れるのは、営業妨害などといった苦情防止のためと、料理を作られた方への敬意は評価とは別に持っていることを強調するためである。


さて、これから紹介するのは本当に不味かったものである。断りを改めて入れたのはこの料理のためでもある。

私がこれを食べたのは、千葉県の南端、野島崎の近くだ。10年ほど前の三月、久しぶりに自転車旅行をしたくなり、神奈川の久里浜港から船で千葉の金谷港に渡り、房総半島を半周した。天気は最悪で、ひたすら冷たい海風を受けながらのサイクリングとなった。

二日目、朝ご飯を食べてなかった私は空腹と小雨で冷え切った身体を抱えて野島崎に着いた。

とにかく暖かいものを食べたくなり、岬周辺の一軒の鄙びた土産物屋兼定食屋に入った。天気は悪く、朝ご飯にも昼ご飯にも中途半端な時間である。客は私一人だ。

海の近くなので、海の幸を食べたい。寒いので海鮮丼はパスだ。私は何気なくサザエ丼を選んだ。

数分後、湯気の立つ丼が運ばれてきた。私の想像と違ったのは卵でとじられていたことだ。スライスされたサザエに黄と白の半熟卵が絡んでいる。サザエの卵とじという発想はなかった。

丼にアオサの味噌汁が付いた。味噌汁はサービスだという。ありがたくいただく。

味噌汁は外が寒かったこともあり、身体中の細胞に温かみが伝わる。

そして、メインのサザエ丼に取り掛かる。

「?」

最初の感想。温かい卵にサザエが入っている。親子丼の鶏肉をサザエに変えただけだ。

二口目。卵の甘さの中にサザエの苦味が広がる。

三口目。口いっぱいにサザエの苦味が散らばる。

少しお茶で口をすすぎ、味噌汁で落ち着きを取り戻し、再びサザエ丼に挑む。

正直、丼の半分くらいから辛くなかった。味噌汁をサービスしてくれたお店の人にも悪いので温かい間に何とかかき込んだ形だ。

はっきり言って不味かった。

その二年後、伊豆で会ったバイクの兄ちゃんと話した時、サザエ丼の話になった。江ノ島では同様のものが江ノ島丼という名で出ているらしい。

「今まで数々名物と呼ばれるものを食べましたが、不味かったですねぇ」

ライダーはしみじみと語った。

「なぜ卵でとじようとしたか謎です」

全く同感だ。

開発者はおそらく、他にない名物としてヒットを確信したのだろう(多分)。その心意気が私に届かなかったのは誠に遺憾である。


「大淀バーガー」

不味い、不味いと連呼して申し訳ない。最後は本当に美味かった話をしたい。

これを食べたのは三年前に熊野古道小辺路を歩いた直後であり。小辺路熊野古道の中で最も短いルートで、高野山熊野本宮大社を結ぶ80kmとなっている。区間は短いが山中を通る形になり、奥駈道を除けば熊野古道で一番険しい。

しかし、この道と大淀バーガーには何の関係もない。

このバーガーと出会ったのは熊野古道からの帰り、道の駅大淀iセンターだ。

昼食時でレストランはごった返していた。いかにも町おこしという風情のメニューに少し躊躇したが、他はカレーやラーメンといったどこでもありそうなものだった。

少し高価だが、一押し名物ということで町おこしに一役買うことにした。

若いお姉さんが運んでくれた品は、一言巨大なハンバーガーだった。かわいい手書きのイラスト付き説明が付いている。

ポークステーキ、合挽きハンバーグに野菜が挟まっており、ソースもトマト、キノコ入りオニオンの二種類。肉も野菜も地元産だ。地元名産を全て挟み込みという気概が見えた一品である。

これを品良く食するのは不可能。大口を開けてかぶりつく。肉汁、トマトソースの酸味、野菜のシャキシャキ感が口中にぶちまけられる。

「おー!!」

口がいっぱいで声が出ないが、叫びたくなる。

これだけ具材を入れると味がごちゃごちゃになるかと思うが、口を付ける位置で味に彩りが出ていいバランスである。

番茶風味のバーンズもいいアクセントになっている。

息つく間もなく完食。大満足だ。


もっとも、このバーガーがとてつもなく美味く感じたのは私自身の問題もある。わずか三日ばかりだが、インスタントラーメンやクッキーみたいな味気ないものを食しながら山中を歩いていた。肉を食べたのが三日ぶりだから美味く感じるのは当然かもしれない。

しかし、最終的にはハズレ名物を恐れずに注文したのが最大の勝因だろう。

何を大袈裟なと思われるかもしれないが、名物は開発者の挑戦心と旅行者のハズレを恐れない勇気があって初めて生まれるものだろうということで結びにしたい。

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