クモノカタチ

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『棋士という人生:傑作将棋アンソロジー』

 

棋士という人生: 傑作将棋アンソロジー (新潮文庫)

棋士という人生: 傑作将棋アンソロジー (新潮文庫)

 

 

棋士という人生:傑作将棋アンソロジー』を読んだ。

高校生の頃、将棋に熱中したことがある。不相応にプロ棋士の棋戦を見るのが楽しかった。

81升の中で展開する無数のドラマ。同じ局面を通っても、勝敗が逆になることなどザラである。結局、勝因・敗因がわからないまま決着がつくこともある。

私には一手一手の真の意味など分かるわけもなかったが、盤上の活劇を興奮して追いかけた。

 

同時に棋士という存在も気になるようになった。

映画や小説では、「命を懸けた」とか「人生を賭けた」という言葉が目白押しだが、棋士になること自体が文字通り「人生を賭けた」である。

棋士の養成所である奨励会に入会するのは多くが小中学生。自分には無限の可能性があると信じて入会する。そして多くは現実の壁にぶつかり、舞台を去ることになる。

ある意味で私はそのような一か八かの人生に憧れていたのかもしれない。

 

この本は棋士について、または棋士が記したエッセイを集めたものだ。

私は、タイトル戦を争う頂点の棋士ではなく、年齢制限までに何とか四段に這い上がろうとする奨励会員やプロの位置にかろうじてとどまる崖っぷちの棋士たちの物語の方が心を揺さぶられる。

彼らはアスリートと比べると、頭脳という身体の一部にすべてを賭けている。しかも、その頭脳は81升の駒の動きを追うことに費やされ、その力は白と黒の対戦表でしか表現されない。潔く、冷酷だ。

 

そんな酷薄な世界に見える人間味はうわべの「やさしさ」が蔓延した世界に比べて輝いて見えるのかもしれない。