クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

幽霊

登山も長く続けると知らぬうちについていく癖がある。私の場合、歩き方が大きく変わった。足の裏を地面に擦ることがなく、足先の向きは真っ直ぐ前を向く。足を擦らないのは石ころを蹴ったりしないためで、足先が前を向くのはその方が効率が良いからだ。何も威張る話ではなく、登山者はみんなそうだと思う。

 

都市での生活でも効率良く歩くのはメリットが多いが、僅かながらデメリットもある。この歩き方では足音があまり立たず、しかも速く歩くことができる。何がデメリットかと言えば、他の人に気づかれにくく、相手からすると私が突如ぬっと現れたように見えることだ。

路上はまだ良い。街は喧騒に満ちているので足音の有無などそもそも気にならない。しかし、静かなオフィスフロアなどになると、みんな足音で他者が来たことを察知していて、私が曲がり角から現れると必要以上に驚かれることがある。

「もう!幽霊みたいに現れないでよ」

会社の同期にはしょっちゅう苦情を申し立てられるがどうしようもない。驚かせた負い目も少しあるので言い返すこともできない。どちらかと言うと青白い顔をして割り箸のような足をした彼女の方が幽霊っぽいのだが、そんなことも言えない。

 

買い物からの帰り道、前を黒猫が歩いていた。私はその猫を気にせず同じペースで歩を進めていた。

私と猫の間隔が2メートルを切るくらいになって、猫はようやく私に気がついた。びくりとした猫は一瞬振り返り、慌てて駆け出した。まるで幽霊でも見たように。