クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

山靴讃歌

9月のシルバーウィーク、4年ぶりに雲ノ平へ行った。荒天予報の中、1日目、2日目は奇跡的に晴れたが、3日目はついに雨に捕まり、靴をずぶ濡れにされた。8月、白馬へ行った際も雨にやられて、足元をぐしょぐしょにされ、山靴の防水性を疑ってはいたが、今回のことで決定的になった。購入して僅か3年。夏から厳冬期まで(低山限定)酷使したがあまりに早かった。これが新聞なら「早過ぎる最期」とかいう見出しが出るに違いない。つらつら考えると私にとっての初代山靴は実働8年くらいになるのだ。

 

初代はモンベルアルパインクルーザー2000というモデルである。購入する直前、初夏の伊吹山へ行き、テキトーな弟のお下がり靴で行ったところ、ひどい歩きにくさと靴擦れに遭い、それがきっかけでたちまち購入を決意した。オールレザーの茶色。クラシカルな登山スタイルに憧れていた私の嗜好にフィットした。足型もわりとフィットしたのと、新型が出る直前だったので安くなっており、お財布にもフィットしたので購入した。お値段2万円也。

当時は大枚2万円はたいた買い物だっただけに、意気揚々と大台ヶ原などの運動靴でも行けるところに履いて行って得意がっていた。何より感動したのは防水性。川の渡渉などあると無意味に水に漬けてみた。その直前にテニスシューズで雨のサイクリングをして酷い目に遭ったので、もはや鬼に金棒、弁慶に薙刀孫悟空に如意棒の心持ちだった。

 

この靴で何処へでも行った。何処へでもと言っても大した山登りはしていないのだが、学生時代は北海道横断サイクリング、冬の石鎚山・奈良薊岳など。スリーシーズン用で低山とはいえ雪山に登っていたのだから、少々無茶をしたものだ。雪面につま先を蹴り入れるので、当然靴の先のレザーは傷だらけになった。

会社員1年目の広島時代はあまり山に行かなかった。暇がなかったのと、広島に高い山も少ない。自慢の山靴は1年あまり下駄箱に眠っていた。転勤が決まり、久しぶりに封印を解くと「げっ!」。つま先の傷に緑のカビが生え、レザーの一部が滲んだように変色している。普通は愛着もなくなる無残な姿なのだが、私とこの山靴の蜜月はここから始まるのだった。

 

関東に越してから、頻繁に山登りへ行くようになった。東京近辺はやはり交通が発達していて、休日の始発に乗れば必ずザックを背負った人を見かける。手始めに雲取山でテント泊登山をし、丹沢や甲武信岳大菩薩嶺などを巡り、いよいよアルプスを目指した。

初アルプスは夏に北岳から間ノ岳農鳥岳の白根三山縦走。その後は八ヶ岳の赤岳、阿弥陀岳など何処へでも同じ山靴で行った。当然ますます汚れて、無残を通り越して哀れな姿になっていった。

 

白根三山縦走の翌年の夏は鳳凰三山へ出かけた。7月ながら酷く暑い日で、大荷物に大汗をかきながら、ヘロヘロになって鳳凰小屋に着いた。翌日は鳳凰山観音岳まで行って下山。

もう限界と思いながら坂を下るが、限界なのは愛する山靴だった。この時すでに購入から6年が経過していた。人間なら後期高齢者となるところをさらに酷使していたのだが、ソールが減り、ラバーは硬化してよく滑る。特に私の右足首は学生時代に負った捻挫で靭帯を伸ばしているので踏ん張りが効きにくい。老靴とヘタれ足のコンビなので頻繁に転ぶ。この期に至ってついに私は決意した。

ちなみに私が学生時代に捻挫したのは地下鉄で発車間際の電車に駆け込もうとして、階段でつま先からつまづいたからである。

 

「これですかー」

手に取ったモンベルの店員さんは明らかに難しい顔をした。それももっとも。レザーの表明にはカビが生え、足入れの周囲の色は剥げ、ソールは硬化して減り放題。こんな山靴のソール張り替えをお願いしたのだ。

「まあ傷はついているけど、防水メンブレンは破れていないようだし…」

店員のお兄さんは慎重に、そして冷静に我が山靴を縦にしたり横にしたりした末、修理を引き受けてくれた。

なぜこの靴に執着したかと言えば、愛着とあとはただの意地である。周りにスマートな化繊シューズが溢れるほど、私はこの山靴を使い続けることを切望した。まあ言ってしまえば、ただ古いものに執着するひねくれた美意識だ。

 

しかし、修理を経て見事帰還を果たした山靴だが、この後往年の光を放つことはできず、古くなったレザーからは微妙な悪臭を放ちことになる。

悪臭はともかく、なぜか徐々に足に合わなくなってしまった。レザーブーツは伸びて足に馴染むと言うが、酷使に耐えかねて足のサイズより伸びきったようだ。靴の中で足が暴れると靴擦れの原因となる。

それでも初の北アルプスデビューとなる槍沢からの槍ヶ岳登山、八ヶ岳天狗岳から硫黄岳・横岳の縦走など、よりハードな登山で使い倒した。よくぞまあもったものだ。結局通算して8年は使い続けた。こうなると退役しても捨てるに忍び難く、今もなお靴箱でお眠りしているのだが、現在どうかは3年くらい見ていない。

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