クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

北海道自転車放浪記-1

部屋の片づけをしていると得体のしれないものが見つかったりする。プラスチックの書類を入れるケースの中から箱に入った数珠が出てきた。どこで手に入れたのか全く記憶にない。

その箱の隣にもう一つ箱があり、開けてみると写真がバラバラ出てきた。一番上に鮮やかなオレンジ色の鮭の親子丼が写っている。見た瞬間、北海道の涼しげな風と当時の甘酸っぱい気持ちが甦ってきた。そしてもはやあの日に戻れないという一抹の寂しさが胸を突いて写真をめくる手が止まった。

 

大学時代は自転車に凝っていた。

きっかけは高校時代の友人が自転車で四国八十八カ所巡りをしたことだった。彼は夏に四国に渡り、3週間かけて自転車でお遍路旅をした。日焼けして帰ってきた彼と会い、「終電後の駅舎でホームレスと一緒に泊まった」とか「居酒屋でヤクザのおっさんから1000円餞別にもらった」という話を聞くうちに、同い年の彼がとてつもなく大きく見えるようになっていた。そして次の年、彼と他の友人たちと広島・尾道と愛媛・今治を結ぶしまなみ海道を自転車で渡った時、私も自転車で旅行をしたいという思いに駆られた。

そうは言っても休学して日本一周するとか、海外遠征をするといったことは自分とは全く世界だと感じていた。もちろん憧れはしていたが、根が小心にできている自分にはどだい無理な話で、図書館で九里徳泰さんや関野吉晴さんの本を借りて読んでいるだけだった。

ただ、もう身体は一人前。何もせずに大学時代を終えたくはないという思いだけはあり、自転車はその思いを少しは埋めてくれそうだと思っていた。

 

しまなみ海道の後、ジャイアント社の「グレートジャーニー」というモデルの自転車を買った。マウンテンバイクのフレームに太めの舗装道路用タイヤ、泥除け、前後キャリアと4つのバッグが標準装備されている。これら全てで定価は80000円台だった。*1

通常、ツーリング用自転車は自分で自転車をカスタマイズして構築する。そのため全てパッケージされていたこのモデルは邪道ではあり、誰かのブログに「この装備で8万円台という値段は、少し詳しい人なら手を出さないだろう」という不吉な文言が掲載されてた。

確かに自転車と前後キャリアとバッグを4個買うだけで通常なら15万円くらいはしてしまう。8万円といのは当時としては(今でもだが)かなりの価格破壊だった。件のブログを書いているのは自転車屋さんで、市場を乱すこのような商品は好ましくないのかもしれない。しかし、市場と言っても自転車でツーリングをするのは金はなくても時間がある学生に限られており、私は一も二もなく飛びついたのだった。

 

北海道を目指したのは4回生、就活を終えて大学最後の夏だ。

北海道へは大学で同じ学科の同級生と行くことにした。彼はバイクで私は自転車なので時々待ち合わせるくらいだろう。彼は誰もに好かれる快活な男であったが、彼のバイク乗りとしての技量にはやや疑問があった。彼は教習所での検定の際に転倒して足を骨折、その後しばらく松葉づえをついていた。さらに足が癒えてから臨んだ検定ではカラーコーンにあたって検定中止。3度目の正直でようやく中型2輪の免許を手にした。

彼も最後の夏は記憶に残る大き目のことがしたかったようだ。この夏が終わると何かが終わる気がした。二度と取り戻せない何かが。

いったい何が?

2006年8月、私は北海道に向かった。

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*1:2005年当時の価格。その後モデルチェンジを繰り返し、2017年まで販売されたが、翌年惜しくも生産終了。コスパ最強なので、北海道に来る自転車ツーリストの半分はこのモデルだったという話もある。