クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

北海道自転車放浪記-8

多和平からは阿寒湖方面に向かい、途中1泊して帯広に向かった。北からの追い風の中、まっすぐな道を滑るように進む。時折風の中に獣の匂いが混じり、しばらく走ると牧場が姿を現す。巨大な米俵のような藁の塊がぽつぽつとある。牧草ロールと言うらしい。

途中、せっかくなので牛乳を飲んだ。美味い。常に空腹状態なのでなんでも美味く感じるけど。

北海道にはMDを何枚か持って行っていた。別に北海道だからといって松山千春を選ぶわけではない。自転車でアクセク走るのに透き通った声で歌われると気が抜ける。さだまさしの「北の国から」もそぐわない。よく聞いたのは大塚愛で、なぜというと理由は特にないが、孤独な自転車旅には明るい歌が合うというのが持論だ。

 

帯広では「大正カニの家」というところに泊まった。徒歩・自転車・バイクの人は2泊まで無料。立派なロッジで、太陽熱温水器が付いているので夏ならシャワーも浴びることができる。シャワーを浴びてすっきりした。

近くのコンビニで食材を買いこんで、ロッジの表にある自炊スペースで米を炊いた。辺りには食事をする場所もないらしく宿泊者はみんな食べ物を持って集まってくる。ライダーはあまり料理をしないのか、コンロを持っている人は少ない。1人だけコンロを使って豚肉とネギの炒め物を作る。私は作った量が多いので何となく周りに「良ければどうぞ」と差し出したのをきっかけに数人での会話が始まった。

やがて1人の男性が「俺はこんなことしかできないから」と言ってビールやチューハイの缶を置いた。見知らぬもの同士の乾杯。暗闇がせまり、灯りのないスペースなので顔もよくわからない者同士の不思議な宴会だった。

 

帯広からは一気に南下して襟裳岬を目指した。

襟裳岬までは「黄金道路」と呼ばれる海岸沿いの道を行く。「黄金道路」は金に関連するというわけではなく、「黄金を敷き詰めるくらい金のかかった道路」ということで付いた名称らしい。複雑な海岸線を削り、くり抜き、険しい岩壁の上に道路が築かれている。

自転車でこの黄金道路を行くのが面白いかというとそうでもない。細かいアップダウンで疲れるし、後ろから来る車にも気を使う必要がある。この旅行のためにホームセンターでハンドルに巻きつけるタイプのバックミラーを買ったが、車のスピードの速い北海道では必須だった。

襟裳岬の手前のキャンプ場で一泊する。芝生の気持ちの良いテントサイトで近くに温泉設備もある。温泉設備は地元のおじいさんでいっぱいだった。テントサイトで夕食の準備をしていると、自転車の兄ちゃんがいたので一緒に夕食を食べた。

「東京から来ました」と兄ちゃんは言う。東京から東北を経て北海道に渡ったらしい。自転車はまともなマウンテンバイクだったが、荷物はキャリアに括り付けただけという乱暴なもので、装備はかなり少ない。自炊もしないと言うがよくそれで走れるものだ。私はコンビニ弁当では3日で飽きてしまう。適当に作った「おからと豚ひき肉炒め」を勧めると「いや~、美味しい。もうちょっともらえますか?」と言ってもりもり食べる。相当に飢えてたらしい。私にとっても赤の他人に自分の作った食事を提供する体験はこの北海道旅行が初めてで、「美味しい」と言ってもらえることに初めてささやかな喜びを感じていた。

 

当初、襟裳岬が最後のハイライトのつもりだった。ただ、キャンプ場から翌朝行ってみるとスピーカーから割れるような森進一の「襟裳岬」が鳴り響いており、特にファンでもない人間からするとやめてくれという感じだった。

襟裳岬の先っぽを見物した後、岬の近くにある店に入り、朝ご飯に「ミニうに丼」を食べた。そうすると、海の見える席から「お~!来たか」と声をかけられた。その日の朝にキャンプ場で会ったおじさんだった。なぜか自転車に興味深々だったのだ。

「自転車なぁ。自分でもやってみたいけど自信もないから車で走ってるんだ」

おじさんは自転車に若者のロマンを感じているらしい。私ともう1人自転車の人を自席に招いて3人でうに丼を食べた。おじさんは「ここは奢らせて」と言ってさらっと3人分を支払った。

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