クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

秩父主稜縦走物語-続

鴨沢の雲取山登山口に着いたのは7時過ぎ。気品がないとか言ってごめんなさい、オジサンのおかげで早く着きました。

とにかく「登山」というタグを付けておきながらまだ登山は始まってない。

 

奥多摩湖から林道を少し歩いて登山道に入る。一旦登山道からまた林道に出て、少し迷った。再び山道に入ったが、10mくらいで違うと思って引き返す。

「はい!お兄さん。最初から間違えているようだからこれあげる」

ライトバンに乗ったオジサンで、国際派オジサンよりさらに品のない無精ひげに緑の腕章をしている。渡されたのは山梨県丹波村のトレッキングマップだった。

「63歳、青いザックの人が行方不明になってるから」

どうやら山岳警備かボランティアの人らしい。それにしても13年前も同じところで迷った気がする。変化していないというか進化していない。

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この祠を見たら間違い

 

雲取山までの道のりは長いが傾斜は少なく歩きやすい。下界は30℃を超えるということで山に逃げてきたが山も暑い。同じ魂胆か、早い時間にもかかわらず人は多く、アルプスに比べると比較的低年齢層が多かった。

 少し萎れ気味のつつじが咲き、時折木の間から富士山が見える。最初に来た時は小鳥の囀りにさえ感動していたのが、今は「暑い暑い」と文句ばかり垂れるところが13年の変化だろうか。

七つ石山を巻いて展望の良い尾根に出ると富士山がきれい見え、日差しに暑さを感じる中で頂上までの最後の登りにつく。頂上はまだ満員御礼ではないものの数人が思い思いに寛いでいた。時刻はまだ11時だ。

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雲取山より富士山

 

雲取山から西に伸びる縦走路に入ると道は細くなる。笹が生い茂り、スポーツタイツにハーフパンツなんていう気取ったスタイルで来ると後悔しそうだ。道は大半が稜線を巻いていて高低差が少ない。楽は楽なのだが、距離が長いし、人とはあまり会わないし、暑いし、と文句ばかり言っても自分の足で進まないと登山にならない。

道ははっきりしているものの、雲取山までとはギャップがあるので注意が必要だ。時折道が崩れているし、広いところではルートを見失いかねない。メジャールートから突然マイナールートに入ると、人気がなくてほっとする一方で道迷いの危険が増す。何気ない道でこそ「慎重に慎重に」と言い聞かせることが肝心だ。

なだらかな道から右に折れる近道から飛龍山山頂へ向かう。少しばかり急な坂を登りきるとヘルメットを被った男性が3人いて、しきりに無線で交信している。

「飛龍山は諦めて将監小屋に戻ります」

3人とも腰にはスリングやカラビナをじゃらじゃら着けている。察するところ行方不明者の捜索を行っているのだろう。ひょっとしたら登山口で聞いた63歳を探しているのかもしれない。

飛龍山は雲取山より標高が高いにも関わらず頂上は鬱蒼としていて展望がない。名前は格好が良いだけに少し残念な山だ。さっさと下る。

分岐で三条の湯に下るか縦走路を進むか迷った。三条の湯で風呂に入りたい気もする。ただ、下ると翌朝登り返すことはない。つまり今回の登山は終了となるわけだが、時刻はまだ13時である。結局、将監小屋を目指して歩き始めた。

 

 将監小屋は縦走路から10分くらい下ったところの山間にあった。この小屋から行ける場所に顕著なピークはないはずなのだが、意外なほど賑わっている。最終的に30張くらいになっただろう。それでもテント場は段々畑のようになっていて隣とくっつくことこないので快適。化繊ダウンを羽織ってコーンスープを作って飲む。

なぜか女性が多く、笑い声が響き渡っていて、それほど暑くもなく寒くもなく、山のシアワセな光景が広がっている。展望がさほど良くないのが玉に瑕だが、ぎゅうぎゅうで殺気立つこともなく。

 日が暮れてからは町田康のエッセイを少し読んで、疲れていたので7時には寝た。

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将監小屋テント場の満員御礼

 

5月の快晴。前日、麓は30℃を超えた。この日も朝から長袖シャツ1枚で出発。

将監峠まで登り、笠取山まで若干のアップダウン。木陰からは富士山がよく見え、その中でゆるゆると歩を進める。

笠取山まで人はまばらだったが、頂上では親子連れやカップルなどが数人現れた。車からだとアプローチしやすいからだろう。

そこから迷ったが、雁坂峠まで行くことにした。余裕があれば甲武信まで行くつもりだったが、西沢渓谷からの最終バスの時間を考えると難しそうだ。

2000m付近の縦走だったが、この日はとてつもなく暑くて、盛夏の南アルプスのようだ。できるだけ汗をかかないくらいのペースで歩く。

雁坂峠には何とか午前中に着くことができた。

 

雁坂峠からの下山中、2頭の鹿を目撃した。

1頭は登山道に堂々と横たわっていた。と言っても本人の意志ではない。身体の半分は白骨化していて、肋骨の中は黒く空洞になっており、骨の上に白と薄茶に変色した毛皮が乗っていた。おそらく冬の間にどこかで息絶え、雪解けとともに登山道へ押し出されたのだろう。

もう1頭はさらにしばらく下った河原から斜面に駆け上がっていた。私には全く気付いていないようだった。

"Neither of the two people in the room paid any attention to the way I came in, although only one of them was dead"(私が部屋に入ってきた時、2人とも一切私に注意を向けなかった。1人は死んでいたのだが)

レイモンド・チャンドラーの"The BIG SLEEP"の一節がなんとなく浮かんだ。

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2頭の鹿のうちの1頭

 

雁坂峠からの下りは川沿いを行く。時折高度感があって、一般登山道にしては少し緊張する。落ちたら先ほどの鹿のようになるのだろうか。

川沿いから林道に降りると登山も終了。と思ったのだが、ここからバス停までがやたらに長い。再び汗をかいて林道を歩く。

道の駅でバスの時間を調べると、ちょうど10分後だという。その次は1時間半後。慌てて西沢渓谷のバス停まで急いだ。バスを降りると今度は電車が2分後。再び慌ててホームへ向かう。この期に至って慌ただしい。

前日の国際派おじさんや三条の湯に泊まると言っていたお姉さんはどうしているだろうな。