クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ーナイアガラへ

前回、西部に行った話を書いた。我が家は10か月の間に実は東西南北かなりの場所に行っていて、北は五大湖のナイアガラが最北となる。今度は北へと向かってみたい。

 

五大湖へは自宅から車で向かった。ケンタッキー州から北上すると、オハイオ州に入る。

オハイオ州に入ったぞ。『オハヨー!』」

などとしょうもない話をしながら父親は車を走らせる。私たち兄妹は基本的にどこへ旅行するのかもわかってない。車に乗ってしまえば行先は砂漠なのか森なのかもわからないが、両親にお任せという具合だ。車内では日本から持ってきた「なぞなぞ本」でなぞなぞ大会をやり、それが終わるとしりとりゲームをした。

しばらくすると、車の周囲がうるさくなってきた。ヘリが飛んでいるのか、工事をしているのか。とにかく重低音が鳴り響き、うるさい。しばらくすると収まるかと思ったらどんどん大きくなる。車の行先を見ると、今まで晴れていたのが、霧に包まれている。なんだなんだ。

よく目を凝らすと、霧は飛沫であることがわかった。そしてそのうるさい音は滝の落ちる音だった。私たちはナイアガラに着いたのだ。

 

ナイアガラの滝にはアメリカ側とカナダ側の2つに分けられる。アメリカ側は規模も小さく、水量も少ない。一方のカナダ側は屏風のように水の幕が張っており、すさまじい飛沫を上げている。まるで海の一部が陥没したかのようだ。

日本で滝と言えば縦に細長い流れを指すものと思っていた。日本一の称名滝華厳の滝那智の滝も一様に川幅より縦に長い。ナイアガラはそんな7歳の固定概念を打ち崩すものだった。

何を御大層にと言われるかもしれない。世界にはイグアスのようにもっと大きい滝はあるぞと。その辺はまだ子どもの感想と思って多めに見ていただきたい。

車を降りると、さっそく滝見物をした。レンタルの黄色いカッパを着て、アメリカ側の滝を見物できる遊歩道を歩く。アメリカ側は小さいと書いたが、それでも飛沫があたると痛いくらいの勢いがある。もっと大きなカナダ側はどうなるものかと興味と恐怖心が芽生えた。

カナダ側に遊歩道はない。ほっとしたような残念なような。その代わりにカナダ側は船で滝の間近まで行くことができる。船に乗ると、何とも心もとないものだった。吸い込まれるように滝にぶつかれば沈みそうだ。いや間違いなく沈む。

船は何隻かあって前の船が限界まで近づくと引き返してくる。次の船が近づくという繰り返し。私たちの船の番が来た。滝の白い飛沫に向かって近づいていく。前の船が行くのを見た時は「すげー!」と感じたのだが、残念ながら自分の船の番になるとそれほど感動がない。近づき過ぎると飛沫で周囲が白いだけで、何も見えないからだ。ちょっと肩透かしである。感動の具合からすると、アメリカ側の痛い飛沫を受けた時が一番だった。

 

ナイアガラで印象的だったのは、滝そのものだけではない。滝見物の後は映画を見た。マリリン・モンロー主演の"Niagara"である。

筋書はほとんど覚えていない。というか当時の英語力でこの映画を理解するのは不可能だった。そういうわけで、ストーリーを調べてここに書いてもよいのだが、それはしない。

とにかくラストシーンが印象的だ。モンロー演じるヒロインがナイアガラの落ち口寸前の岩にしがみつき、男が船に乗ったまま滝つぼへと落下する。子ども心に「うひゃー!」と思った。あの滝つぼに落ちたら死んでしまう。ストーリーの中でも男は死んでしまうのだが、ついさっき見たばかりなので説得力がある。間違ってもあの男は「実は生きてたよ」などと再登場はできない。

さっきWikipediaでストーリーを念のため見たが、やはりサッパリ思い当たるところはなかった。この映画はやはり「滝から落ちる話」なのだ。

 

映画の後はカナダ側にわたった。なんだか簡単に国境を越えた気がする。

カナダ側では博物館に行った。それほど大層な展示物はなかったのだが、印象的だったのは蝋人形である。それはナイアガラから落下して見た男たちというもので、彼らは頑丈な樽の中に身体を入れ、滝の上から落ちるという挑戦をしたようだった。

「えーっと。この人は死んだようやな」

父親が解説を読んで説明する。樽には通気口みたいなものが付いていて、それぞれが創意工夫を凝らしたようだった。

「えー、この人も死んだみたい」

まったく意味不明である。山なら登りたいとか、ジャングルなら探検して未知の滝を発見したいとかあるかもしれないが、滝があるか落ちてみたいというのは一体何なんだ!?

「あー、この人は生きてたみたい」

ようやく生還した人がいた。

「ただこの人もう一回行って死んだらしい」

もう意味わからんぞ。なぜ一回成功したことをもう一回やるのだ。

先ほどの映画とこの展示物のおかげで、ナイアガラは風光明媚な滝という印象とともに人間を飲み込む不気味な印象が私の中に残った。

そうは言っても滝が人を飲み込んだわけではない。ナイアガラはずっと大量の水を落とし続けているだけなのだ。そこになぜか人が飲み込まれて行っているわけで、ナイアガラの不思議というより人間の不思議を感じた旅だったと言い換えても良いかもしれない。