江戸たてもの園に行った。
小金井公園の一部にある古い建物を集めた屋外展示場で、中には茅葺の民家から田園調布の洋館まで家屋を集めたエリアと店屋を並べて街並みを再現したエリアがある。施設名称は「江戸」と冠を付けているものの、多くは昭和のものが中心となっている。
洋館は横浜の山手あたりのものを一回り小さくしたような感じだ。中島京子『小さいおうち』を想起させるような低い天井、幅の狭い廊下、狭いキッチンながら、水道・電気調理器が完備されている。これが当時理想の「おうち」だったのだろう。
しかし、実際に住むのなら茅葺民家という気がする。広くて開放的。囲炉裏があったりして、魚の燻製でも作りたい。
新型コロナウイルスの影響で、建物は軒並み立入禁止となっていた。入ることができるのは古民家の土間だけで、残念である。
特に入りたかったのは「高橋是清邸」で、木造の邸宅に赤い絨毯が廊下に敷かれている。ここに移築されたのは実際に2・26事件で襲撃された邸宅で、高橋是清は2階で射殺されたのだという。ドラマで陸軍青年将校がどたどたと足音を響かせたのはあの廊下だったのだろうかと思うと、ちょっと見てみたかった。
もっとも霊感の強い人なら何か別のものが見えるかもしれないが。
最期こそ悲劇で語られる人物であるが、高橋是清の人物列伝は実に面白い。
アメリカ留学に行っては手違いで奴隷として売られ、ペルーで銀山開発をしては失敗して一文無しに。後に日銀総裁、大蔵大臣、内閣総理大臣になる人物が名を挙げたのは、なんと日本銀行の建築主任だった。
彼は工期が遅れる原因となっていた4人の石工の親方を担当ブロックに分け、「期日に遅れれば1日500円の罰金。期日から1日早ければ同額の賞金を与える」と煽って完成を急がせたという。隣が賞金をもらっているのに、自分のところが罰金じゃ割に合わない、というより気分が悪い。4人の親方が目の色を変えたのは想像に難くない。利に聡いだけでなく人心掌握にも長けていたのだろう。
その邸宅は今静かな公園の中に佇んている。
楽しいのは民家エリアより、やはり商店である。民家はちょっとした蘊蓄やら歴史トリビアがないと楽しみにくい。子どもが走り回っていた。
太秦映画村やハウステンボスをもっとスケールダウンして、昭和に照準を絞った街が再現されている。
化粧品屋、薬屋、金物屋。正面はたてもの園のランドマークである銭湯。
商店は面白い。それは当時の生活が見えるだけでなく、生活の中にある遊びが見えるからではないだろうか。銭湯にはお馴染みの富士山があり、酒屋にはトリスウヰスキーのハワイ旅行プレゼントの広告とバカでかいウイスキーボトルのハリボテがある。
まだまだ倹約が美徳となっていた時代の遊び。ささやかでお洒落で少し哀しい。
昭和が去って30年が経った。昨年の令和ブームはどちらかと言えば若者が意外な程喜んでいた。過去を脱ぎ捨て、新しい時代に期待しているのだろう。
過去を愛でるのが楽しみの多くを占めるようになったら、それは年を取ったことの証なのだろう。