今後輩が家を建てていて、来月完成するという。完成するのは上物で、駐車場やらはまだなので、実際の入居は8月になるそうだが、とにかく家持ちになるわけだ。
「大豪邸」らしいので、完成したら押しかけたいと思っている。
家を建てた話を聞くと真っ先に思い出すのが「Shall we ダンス?」。
役所広司演じる杉山正平が終盤の場面で「家を建てたら何かが変わった」と言う。これをどう解釈すればいいだろう。
社会人になり、美しい女性と結婚し、子どもが生まれ、家を建てて車も買った。会社でも管理職になり、一定の評価を得ている。
行き着くところに行ってしまった。それが「家を買う」という行為かと、やや呆然とした気持ちになってしまう。
一方で家を持たない「フーテン」と言えば寅さんである。
テキ屋を生業に全国を放浪する人生。ただ、映画の核心は葛飾柴又の叔父・叔母の住む団子屋のようにも思える。
あちこちを放浪しても戻って来れる故郷があることが風采の上がらない中年男への憧れや共感につながるような気がするのだ。監督の山田洋次は都会でも田舎でもない葛飾柴又を舞台に選んだのだという。
東京に住むほとんどが故郷を持たない。マイホームがあっても故郷ではない。
寅さんに帰る場所があることが観客にとっての密かな憧れなのだろう。
家を持つことについて、これまでいろいろ書き散らかした。
今もこんなに高い買い物をする必要があるのか、それとも放浪の気分を楽しむのか考えることがある。
しかし、結局は心の落ち着く場所があるかどうかが問題なのだろう。そこが一戸建てだろうがテントだろうが、落ち着ける場所を持っておきたいという心理が家を持つ最大の動機となる気がする。