クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

運のつき

9月某日、前々から気になっていた大月市岩殿山に登った。

中央線に乗るたびに大月駅から見える屹立した岩山が気になっていた。ネットによると岩殿山にはかつて岩殿山城という城があり、小山田氏という豪族の居城であったという。新田次郎武田信玄』を読んだ記憶では、小山田氏最後の当主小山田信茂武田信玄の配下となり川中島三方ヶ原の合戦で活躍し、強力武田軍の先鋒を担った。武田の先鋒は小山田の投石ということで知られたが、投石は攻撃と言うより挑発として効果的だったようだ。

 

岩殿山へは猿橋駅で電車を降り、歩いて向かう。途中の道には栗が落ち柿がなりもう秋を思わせるが、かなり蒸し暑かった。なぜか山羊がたくさんいるロッジ風の家の脇を通り、登山道に入った。登山道はわりと整備されているが、蒸し暑くて汗がこぼれ出てくる。道は整備されているわりに枯れ木や草が多かった。

 

小山田信茂は武田氏麾下で武田二十四将にも数えられるが(諸説あり)、末路は他にないくらい悲劇的である。長篠の合戦以降、武田勝頼織田信長により徐々に追い込まれることになる。信玄の親戚にあたる穴山梅雪木曽福島木曾義昌などの寝返りもあり、瞬く間に織田の大軍が甲州に迫る。追い込まれた武田勝頼は上州岩櫃城真田昌幸を頼るか、岩殿山城小山田信茂を頼るかの決断を迫られた。

 

整備された登山道を快調に登ると少し開けた場所に出た。しかし、「開けた」というのは土砂崩れで削られたからであり、それまで順調にここまで導いてくれた道は無残に崩れている。わずか10メートルくらいだが、グズグズの斜面をトラバースするか、斜面を上がってダイレクトに頂上を目指すか。暫し悩むが上トラバースは危険と判断し、上を目指した。地図で見る限り頂上に登山道はないが、なんとなく踏み跡がありそうに見えたからだ。

 

武田勝頼岩殿山城を目指した。理由は定かではないが、岩殿山城の堅さと小山田信茂の忠誠を信じたのだろう。実際、岩殿山城は山城ではあるが、大月の町を見下ろす高台にある。しかも私たちが登った南面、下山に使った北面のいずれも険しく、兵糧さえあれば攻略は難しいようだ。

しかし、武田勝頼の抱いた一縷の希望はあっけなく踏み潰される。小山田信茂が裏切ったのだ。

 

私の予想通り、上に登ると先に踏み跡があり、それを辿ると三角点と鉄塔の立つ頂上に繋がった。軽いハイキングのつもりが、土砂崩れの影響で少しスリリングな展開になったものの、とりあえずは一般ルートに戻ることができた。

頂上から少し下がるといたるところに屋敷跡を示す看板が立っていた。馬場跡なんかもあるが山城なので幼稚園の中庭みたいだ。かつては山の方々に屋敷が建ち、何十人かは常時暮らしていたのだろう。物資の輸送は大変そうだが、早朝に下を見下ろすのは気持ちいいに違いない。

写真の左が岩殿山だ。

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裏切られた武田勝頼木賊山方面に逃げ、織田方の滝川一益に追い詰められる。最後は味方は僅かとなり、華々しく戦ったとも、疲労してあえなく殺されたとも言われる。武田勝頼は名声を肆にした父信玄と常に比較される宿命にあったにせよ、その最期は悲劇の人としての評価を得ている。

一方、岩殿山城小山田信茂は侵攻する織田軍に投降するも、信長の長男信忠によって一族ともども皆殺しに遭う。勝頼のように悲劇の人になるでもなく、裏切った上に殺されたということで、山梨では随分評判が悪いらしい。

 

岩殿山からは北側の「稚児落とし」を経由して下山した。織田軍が迫る中、側室の稚児が泣き出したため、敵に悟られぬようにその断崖から落としたという。岩殿山からアップダウンを繰り返し、鎖やロープがなければやや怖いルートだ。稚児落としそのものは気持ちのいい展望台だった。高さは50メートルくらいあり、人が落ちたら容易に助からないことは一瞬でわかった。

小山田信茂がなぜ裏切ったのか。岩殿山城を見たときからなぜか興味があった。一度は武田勝頼の受け入れを申し出たのに、土壇場で寝返り、最後は切腹。悲劇の人にもなれなかった。一方、勝頼の受け入れを申し出たもう1人真田昌幸は迫る織田と上杉・北条という大勢力の間をきわどく渡り歩き、関ヶ原の際も徳川秀忠の軍勢を遅参に追い込むなど、軍略家として名声を残す。さらに関ヶ原では一族を西軍・東軍に分けることで家名を残すことにも成功した。武田勝頼の頼った家臣は完全に運命の明暗を分けた2人となった。

武田勝頼を招くことはそのまま織田軍を呼び寄せることになる。そのことは両者ともわかっていたはずだ。災禍を自ら呼び寄せた2人だが、結果的に小山田信茂が大凶を引いたことになる。信茂の中で勝頼を裏切るまでの間に何があったのだろうか。

 

結局岩殿山城は歴史の決定的な舞台となることもなく風化し、現在は関東近辺のハイカーを迎えている。

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ブロガー

ブログのアクセス数を増やすコツを検索してみた。それによっては我がブログもそれによる経営方針を大いに転換するかもしれない。そもそも誰も注目してないだろうが、勝手に自己分析を行って盛り上がってみよう。

 

1 テーマを絞る

本ブログはテーマなし。勝手気儘気分の赴くままに書き散らかしている。まずは失格だ。当初はもっと絞るつもりだった。登山とかランニングに特化してもよかったし、それの方が閲覧者が増えるだろう。ただ、登山をテーマにしたブログに対して、私には複雑な思いがある。

10年ほど前に夏の八ヶ岳登山に行った時のこと、始発列車から乗り継いで中央線に乗り込んで窓の外を眺めていたら、向かいに座ったオヤジが話しかけてきた。

「1人かい?」

「ええ」

「どこへ行くの?」

八ヶ岳へ」

北八ヶ岳かい?」

「いえ、南です。硫黄岳から横岳を回ろうかと」

「南は険しいよ。北はなだらかだけど」

「そうですか」

「1人だと危ないよ。ちょっと滑落すると見えなくなる。登山道のちょっと脇でも木に隠れると全然見えない。山岳会で遭難者を探しに行ったことがあるけど全く見つからなかった」

「へー。怖いですね」

「1人はいけないよ」

今更そう言われてもこっちは1人で来てしまっているのだ。山の先輩としての忠告か。それともただ怖がらせているのだろうか。私は何も言えず黙っていた。オヤジは大月近辺で自分の下車駅が近づくとこう言った。

「自分はブログやっているんだけど、『◯◯さんの山日記』で検索すれば出てくるから見て」

私はなんとも言えない心境で「ええ」とだけ言い、年季の入ったザックを背負ったオヤジの背中を見送った。その後、一応義理でブログは覗いてみたが、よくある山行を写真で紹介しているだけで、さほど珍しいとも面白いとも思わなかった。

登山と言ってもルート紹介なんかはヤマレコなどにも溢れている。それに登山はそもそも個人的な行為であって共有できるものではない。私には登山のhow toを伝えるほどの実績も能力もないし、ヒマラヤや海外遠征といった珍しい体験もない。そしてなにより中央線で出会ったこのオヤジのように自分が得々と読者を説教している姿を思い浮かべると、おいそれと登山やらランニングについて書くことができないのだ。

 

2 毎日更新する

当初は1日1個くらい書いてもいいなと思っていたが、毎日書くネタはない。ある日はいくつもあるが、書く時間や手間もある。仕事じゃないし、また仕事ならなおのこと毎日更新したくない。 SNSでも毎日の日常を投稿する人がいるが、大変なことだと思う。

確かに不定期で更新されると読み手は困るだろう。 ただネタもないのに無理に更新するのもどうかと悩んでしまう。

昨年屋久島に行った3日目、私は宮之浦岳から下山して夜は小料理屋のカウンター席で独り飯を食べていた。右隣に座った40代くらいの男性はついさっきバスで会ったばかりの人で、その人も関東から屋久島へ登山目的で来ていた。話は弾んだのだが、その方は疲れていたようで、自分の定食を平らげると早々に宿へ引き上げてしまった。残された私はしばらく屋久島名物の首折れ鯖を肴に焼酎・三岳を飲んでいた。その店は外国人観光客が多く賑わっていた。

男性が去ってすぐ私の左隣に中国人と思しき若い女性2人が座った。2人は定食を頼むとすぐにiPhoneでインスタグラムか何かを開いて互いに見せ合っていた。地元の友達に自慢しているのだろうか。いかにも日本的な小料理屋の風情には目もくれず、仲睦まじく声高に話している。少しして定食が運ばれてくると、早速2人はiPhoneで本日のディナーの撮影に入った。彼女たちの夕食はトンカツ定食をだった。

まあ、私だって海外に行ってテンションが上がればこういうことはしかねない。それに彼女たちは魚が苦手で、屋久島へ来たと言っても鯖や飛び魚を食べようといった気などさらさらなかったかもしれない。しかし、彼女たちのその時最大の関心事は旅ではなくインスタであったことは間違いない。

何が言いたいかというと、毎日更新しようとするあまりに行為そのものより表現が目的になりはしないかという懸念を感じるのだ。旅をすることより旅を記述することが目的になると、主役たる旅の味を失いかねない。一人旅をしていて面白い出来事があると、「これは人に話したい」と思わなくはない。ただ、ブログで伝えるためだけに設定した旅を私はしたいと思わない。

 

3 尖った個性がある

先に挙げた1にも共通するらしい。読む人は自分にとって役に立つか、興味があって面白いネタを読むが、それには際立った特長が必要だ。今のところ本ブログの特徴は文字が多いことくらいで、多彩な機能を全く利用していない。個人的には文字ばかりのブログを読むのは好きだが世間は活字離れなのだ。ただ、ここで方針転換すると完全に特徴がなくなってしまう。そういうわけで、ただ文字ばかりを綴るという特長のみを持つブログとして続けるしかなさそうだ。

 

その他人気ブログへの道は色々ある。キーワードがどうだ、投稿するタイミングが、見出しが…。

だんだん面倒くさくなってきた。

そもそもどのくらいアクセスがあればよいのか。1日あたり50アクセスくらいあれば上位なんだと。1日に50人もの人々が見るとは恐ろしい。誤字脱字やら日本語の間違いを発見されたり、曖昧な記憶で書いたものの正誤を検証されてしまう。

だいたい今は何でもかんでもGoogle先生尋ねることができるから厄介だ。例えば「因幡の白兎のように鮫に乗って海を渡ったのだろう」と書いたとする。

「白兎が鮫を利用したというのは通説である。『古事記』の原文にはワニという記載がある。日本に鰐はいないから鮫だろうと推測されているに過ぎない」

 「白兎海岸でシュモクザメが泳いでいる姿が観測されたことがある」

「鮫は本来臆病な生物だから兎を襲ったりしない」

それで一体何の話だっけ、という事態になりそうだ。これ自体がネット住人達に対する大いなる偏見に基づいて勝手に戦慄を覚えているだけだが。 

 

多分、写真ももっと増やしてキーワードを増やして、テーマを自分の趣味に焦点を合わせればもっとアクセスを増やせるのだろう。

結局のところ、当初から決めていたことだがブログは宣伝しない。その分書きたいことを書こうと心に誓った。

三枚のお札

登山など少し遠出する時、みんなどれくらいの金額を持っていくのだろう。私の場合だいたい3万円くらいだ。帰りにタクシーや新幹線を使っても3万円あれば足りる。それ以上持つのは何となく落ち着かない。登山では濡れる可能性もあるし、歩行中はザックにしまうのでザックごと崖から落とすという危険性もなくはない。「三枚のおフダ」ならぬ「三枚のおサツ」くらいが無難だ。

 

ヤクザ映画ではトランクにお札がぎっちりというシーンがしばしば出てくるが、ああいうシーンは本当にあるのだろうか。ハリウッド映画では何十年も前から振込方式になっている気がする。ジョン・グリシャムのサスペンス小説"The Firm"(邦題『法律事務所』)でも金は現金ではなく世界各地に振込で送金していた。現金をトランクに入れて走り回るのはどうも現実的ではない。前掲の小説ではヘリで現金を運んでいたけど。

では高額紙幣があればそれで良しかというと、映画的には見栄えがしない。アメリカではかつで10000ドルとかいう高額紙幣が発行されたようだが、これを100枚渡しただけの取引はなんだか緊張感に欠ける。やっぱりお札はトランクにぎっちり、テーブルの上にドーンとなくてはならない。

逆にレイモンド・チャンドラーの"The Long Good-bye"では主人公フィリップ・マーロウに親友テリー・レノックスは5000ドルを渡すのだが、これは一般に流通していない5000ドルだからいいのであって、100ドル札で50枚渡されるといっぺんに俗っぽいシーンになってしまう。また、このシーンは振込みでもいけない。通帳の数字に印字されていても数字は何も語りかけない。やはり実体のある、それでいてほとんど流通していない5000ドル札だからこそ、テリーの心中を伝えることができるのだ。

 

本屋の新書コーナーで一時人気だった「ビットコイン」本がここのところ下火になっている。私も興味本位でパラパラ読んだが、世間ではどうも仮想通貨について誤解があるような気がする。仮想通貨は本来、国家間の送金コストを減らすための送金媒体である。通常、ドル建てで取引するためには円をドルに換える必要がある。ドルを円で買うわけだが、買う時と売る時でレートが異なっている。買う時の方が高く、売る時の方が安くなっており、利ザヤは銀行などの金融機関に入る。輸出入取引を行う場合、コストがばかにならないため、国境をまたぐ取引コストを減らすために仮想通貨が生まれたそうだ。しかしながら、国家が保証している通貨と異なって、仮想通貨はその価値には一切の保証がなく、乱高下する危険性がある。しかも通貨のように還元可能な金属製のコインやお札のような実体がないのでデータ改竄の可能性もある。これらの事象が過度に報道されるにつれて、仮想通貨はあたかも危険な投機対象、突然消滅してしまうかもしれない危ういお金というイメージを植え付けたが、元々はただの価値を交換する道具である。


しかし、これは決して仮想通貨にだけではなく、一般の通貨にも言える。本来、通貨自体が物々交換を簡便にするために発明されたものであり、いわば商品引換券のようなものだ。時代が下るにつれて、とにかく金を集めるのが好きな人間、金を使うのが好きな人間が現れて、金と物の価値が転倒するようになっただけだ。

内田百閒は「金は物質ではなく現象だ」と嘯いた。お金は物と同等の価値を持つようになり一時は「物質」となったわけだが、キャッシュレス化の進む現代はお金を「現象」に変え、使う時にしか実感を伴わないものにした。英語で'live hand to mouth'(その日暮らし)という言葉があるが、お金が姿を消した社会はその表現に近いながら、依然としてお金が生命維持装置のようにわれわれの生活を取り仕切っている。

お金があれば幸せかという議論は何世紀にも渡って繰り返されるが、お金が不足すると不便であることには変わりなく、人生という有限の時間を使ってお金を稼ぎ、生きながらえているのが現代人の正体だ。

 

登山中は必要以上にお金を持たないし、山小屋くらいでしか使わない。3万円持って行っても鈍行なら1万円も使わない。そして美しい日の出を見て少しだけ幸せな気分になる。お金が足りないと困るが、使わなくても幸せになれる。

「三枚のお札」の小僧は一枚目のお札を自分の身代わりに、二枚目を大水に、三枚目を火に変え、三枚とも使って命からがら山姥から逃げて寺に戻った。

私は山を下りる時、「三枚のお札」を使ってまで帰る必要があるのだろうかと考えてしまう。

ノー・チューバー

我が家からテレビがなくなって10年になる。意味はないがめでたいことにする。

「テレビがない」と言うと原始人に会ったような顔をされることがあるが、全く不都合はない。「まあインターネットもあるしねー」と言われることもあるが、私の場合今だに家にネットは引いていないし、ガラケー時代はほぼネットを使わなかったので、それも該当しない。意味はないが威張ってみる。新聞を社会人になってから取ったことはないのでマスコミからかなり距離を置いた生活だ。自宅に帰るとラジオを付けて読書ということが多い。

ここではテレビなしの人種をノー・チューバーと呼ぼう。今のところノー・チューバーは私以外では1人だけだ。山小屋にも案外あったりするが、今や日本でノー・チューバーはどれくらいいるだろう。


テレビがなくても生存に不都合はない。ただ時に不便なことはある。

1 芸能人の名前がわからない

元々そんなに詳しくはないが、特に入れ替わりや突然流行し始める芸人はラジオではついて行けない。ピコ太郎が出てきたときも、古坂大魔王は知っていたがピコ太郎となかなか一致しなかった。まあ古坂大魔王も声は知っているが風貌は知らなかった。「小坂」か「小阪」か「古坂」なのかもさっきネットで見て調べたくらいだ。

 

2 流行語がわからない

会社の稟議書に「取られたら取り返す、倍返しで臨みたい」という文言が出てきた。ノー・チューバ―にこういった言葉を突き付けないでいただきたい。まずこの言葉がどういったシチュエーションで使用されたかわからないので、本気か冗談かわからない。そして使った本人の意気込みもどの程度かわからない。この書類を上に回して、「こんなものをよこしてふざけているのか!」と私が叱られても鳩に豆鉄砲、略して鳩豆なのだ。最近流行になっている「忖度」とかも本気か冗談かわかりにくくて困ってしまう。もうちょっとマシな言葉を流行させてほしいものだ。

 

3 有名人の顔がわからない

1にも共通するが、ラジオでは顔がわからない。「アッちゃんかわいいよねー」とか言われても、「アーちゃん」との違いは発音の違いだけである。ちなみにPerfumeが登場した頃はテレビがあったのだが、AKB全盛になってからはテレビがないので違う人だということくらいしかわからなかった。「アッちゃん」と聞いて最初に浮かんだのは幼馴染のアツシ君で、次に浮かんだのはアーちゃんだ。

わからなくなるのは人に限らない。ある時宮藤官九郎のラジオ番組で、『進撃の巨人』を紹介するというコーナーがあった。クドカンが知らないことをリスナーが教えてあげるという企画だが、コーナーを面白くするために情報は断片的なものにしている。

・巨人は3メートルから数十メートルある

3メートルなら人間山脈と言われたプロレスラー、アンドレ・ザ・ジャイアントよりはでかいが漫画にする程ではない。数十メートルとなるとウルトラマン並だ。3メートルの巨人なら踏み潰せるだろう。

・巨人の弱点は首の裏である。

3メートルの奴なら物干し竿があれば倒せそうだ。ウルトラマン並の奴はヘリかなんかで上から襲わねばならん。だいたい首の裏が弱いとか言うと、耳の裏を触られると弱い人みたいで、凶暴な巨人の威厳がない。聞けば聞くほど脳内がカオスに展開するのはノー・チューバーならではの楽しみだろう。


最近聞かなくなったが、「ユビキタス社会」という言葉が時事用語として取り上げられていた。情報をいつでも取り出すことができる社会ということらしい。なんだか落ち着かないではないか。今やGoogle先生に聞けば大概の情報が即座に手に入る。しかし、世の中の情報全て手に入ることはできるだろうか。

所詮どういう手段を使って情報を収集しても世の中の実像を埋めることはできない。私にはユビキタスとか言って欠けた部分に無理矢理合わないパズルピースを押し込んでいるように思える。欠けているなら欠けたままでいいとはできない人が多いのだろう。

私がテレビなしでいるのは欠けた世界を楽しむ人になりたいからなのだ。

社内報写真家

社内報の表紙に時々写真を提供している。これはひとえに私の写真家としての腕を買われて名誉特派員の栄誉に浴している、というわけではなく、広報担当が適当な写真を持ち合わせていない時に無料の写真提供人として利用されているだけに過ぎない。

昨今は簡単にきれいな写真を撮ってSNSなどに公開できる分、制限もいろいろ難しくなっている。肖像権があるので本人の許可なく人は撮ってはならない。家やら町並みは路上等から普通に見える範囲なら撮影しても法的に問題ないそうだが、下手に撮っていると盗撮か何かと勘違いされる。草花も誰かの所有物である可能性がある。こうなると撮ることができるのは自分自身か自分の所有物か観光地に行って「ご自由にお撮りください」と書いてあるもの、あとは山や海、月や太陽といったものに限られてくる。自由に使える写真を持っている都合のいい輩が近くにいれば依頼したくなるのは無理からぬ話かもしれない。そういうことで今回も表紙の候補として10枚ほど提供した。

 

これまで社内報の表紙には5枚ほど採用されたことがある。

全ては広報担当の趣味嗜好によっているわけだが、直近採用されたのは1年前である。

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秋号の写真ということで紅葉の写真を中心にこの時も10枚ほど候補として提供して、これが選ばれた。撮影場所は立山雷鳥沢近辺である。この時は富山駅から上市駅まで電車、そこから馬場島へタクシーで行き、早月尾根を登って剱岳を極めるという山行だった。写真は剱岳から下山し、剱沢にテント泊をした翌日に室堂まで下りる途中で撮影した。時期は9月の秋分の日で、室堂付近も紅葉が始める時期だった。前日の緊張感も解け、下山を惜しみつつ何気なく撮った一枚である。

採用は光栄だがちょっと恨み言を言うと、撮影した場所は室堂から30分ほどで行ける雷鳥沢であり、室堂から雷鳥沢は遊歩道によってほぼ整備されている。つまり私のように剱岳を経由せずとも、そして登山者でなくともこの場所には行くことができる。剱岳のカッコイイ姿とかいっぱいあったのだが、そちらはお気に召さなかったようだ。

ちなみに後姿の人はたまたま写ってしまったのだが、社内報でトリミングしたものには入っていない。

 

遡って最初に採用された写真はこれだ。

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これは山頂から撮影した。雲海が見える通り撮影場所は高峰である。山に行かねば撮影できない写真。まさに山岳写真だ。

これを撮影した場所は富士山だ。初めて富士山に行ったときは仰天した。人の多さにだ。みんなご来光目当てなので深夜に登る。当然みんな日の出までは下山しないのだから山頂にはだんだん人が増えていく。日の出直前は混雑のピークで、迂闊にトイレに立とうものなら、戻ってきて座る場所にも難儀する。

人の渦の中でなんとか座る場所を確保し、寒さに耐えてひたすら日の出を待って撮った一枚だ。こう言うと写真家冥利に尽きそうだが、おそらく何千人かが富士山の山頂で同じ景色を見ていたわけで、別に私でなくても撮影できた写真であることは間違いない。

 

他にも道路から撮影した伊豆半島の砂浜の写真とかも採用されたが、これはドライブにでも行けば誰でも撮れる。しかも「夏っぽい写真」というリクエストだったが、撮影したのは5月だったりする。

なにより、先の富士山も海岸写真も安物のコンデジで撮影したものだ。晴れていれば別に何で撮っても同じことだが、気合が入っていない時に撮影されたものほど採用されるのはどういうことだろう。

 

最後は少し気合を入れた写真を紹介しよう。

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これは南アルプス鳳凰三山からの写真である。左に見える岩峰は三山の一つ、薬師岳で、奥に見えるのは言うまでもなく富士山だ。

これはわりと気に入っている写真だ。9月の無雪期山行なので何ら珍しくもないし、天気も良かったので人でも多かった。これも私でなくとも撮ることのできる一枚だが、均整の取れた構図になったので私としては上出来である。これまで母親に「センスがない」とけちょんけちょんに言われていたのでわずかながら汚名を返上できた。

ただ、この写真には不満はないのだが社内報の写真としては不満がある。これは新年号に採用された。新年だから一富士、二鷹、三茄子なのはわかるが思いっきり夏の写真だ。美しい写真として評価されたのはありがたいが、新年らしい銀白の山嶺は落選しておりやや複雑な気分だ。まあ落選と言っても当選するも落選するのも私の写真に過ぎないわけだが、こちらの季節配慮のチョイスは受け入れられなかったようだ。

 

そんなこんなで今回は秋らしい写真と単にきれいだった日の出や花の写真を渡した。たまにトリミングの関係などにより、一度採用されても途中で却下となることもある。上部にタイトルが入るので、タイトル文字が見えにくい写真は有無を言わせず却下だ。

社内報写真家は所詮は無料の写真提供媒体なので、撮影者の思いは全く顧慮されていないのが悩み事である。しかしそれと同時に自分が気づかない名作を見つけてくれるのではないかという淡い期待を寄せているのもまた事実なのだ。

幽霊

登山も長く続けると知らぬうちについていく癖がある。私の場合、歩き方が大きく変わった。足の裏を地面に擦ることがなく、足先の向きは真っ直ぐ前を向く。足を擦らないのは石ころを蹴ったりしないためで、足先が前を向くのはその方が効率が良いからだ。何も威張る話ではなく、登山者はみんなそうだと思う。

 

都市での生活でも効率良く歩くのはメリットが多いが、僅かながらデメリットもある。この歩き方では足音があまり立たず、しかも速く歩くことができる。何がデメリットかと言えば、他の人に気づかれにくく、相手からすると私が突如ぬっと現れたように見えることだ。

路上はまだ良い。街は喧騒に満ちているので足音の有無などそもそも気にならない。しかし、静かなオフィスフロアなどになると、みんな足音で他者が来たことを察知していて、私が曲がり角から現れると必要以上に驚かれることがある。

「もう!幽霊みたいに現れないでよ」

会社の同期にはしょっちゅう苦情を申し立てられるがどうしようもない。驚かせた負い目も少しあるので言い返すこともできない。どちらかと言うと青白い顔をして割り箸のような足をした彼女の方が幽霊っぽいのだが、そんなことも言えない。

 

買い物からの帰り道、前を黒猫が歩いていた。私はその猫を気にせず同じペースで歩を進めていた。

私と猫の間隔が2メートルを切るくらいになって、猫はようやく私に気がついた。びくりとした猫は一瞬振り返り、慌てて駆け出した。まるで幽霊でも見たように。

そうなんです

8月の終わりに久しぶりに沢登りをした。沢登りと言っても遡行が無理となれば林道や登山道に逃げるという最初から逃げ腰なもので、早く言ってしまえば水遊びに出かけただけだ。それでも沢では自分の行くルートを自分で決めるので、登山道だけの登山より緊張度合いが高くて久々によかった。「あそこは深そうだ」、「あそこなら石伝いに飛び越えられる」と目算を立てて歩き始めるが、時折予想より滑りやすかったり手がかりがなかったりしてわずかだが窮地に立つ。それも含めての沢登りだ。

 

飲み会などで「趣味は山登りです」と言うと、「危ない目に遭ったことある?」と聞かれることがある。特に雪山も登ると言ったときは必ず聞かれるが、ご希望に添える体験は今のところない。山では怪我も大抵が擦り傷、打ち身。立ち木にぶつけて頭が少々悪くなった程度だ。質問する方は、山と言う非日常の中で遭難くらいあってもいいのではないかということだが、やっている方はそう簡単に遭難できるものではない。プチ遭難くらいならあるが、あくまでプチで、道迷いとか少しのスリップくらい。それを聞くと「そうなの」くらいで会話が途絶えてしまい、答えたこちらがつまらない人みたいになってしまう。何を期待しているだと思うのだが、飲み会を盛り下げた責任を若干感じてこちらも反論できない。

「やばかったなぁ」と感じることあまりもなくはなく、3年前に丹沢の源次郎沢へ1人で行った。初級沢と言ってもロープなしのフリーソロの登攀はそれなりに緊張した。水量は少ない。上へ行くほどますます水は少なくなっていく。途中の少し開けたところで持参したおにぎりを食べ、涸れ沢をさらに登って最後の滝に着いた。もう水涸れていて、石と泥ばかりの滝である。水のない滝の落ち口には沢用語でチョックストーンと呼ばれる岩が挟まっていた。他から登りようもなさそうなので、その石の壁に挑んだが、例のチョックストーンのところで行き詰まった。滝を登りきる最後のところで岩が邪魔をして登りきれない。ロープもないので下降は登攀より厄介だ。私は左手を行く手を遮る岩と滝の落ち口の岩の間に掌を入れ、右手の指をわずかにかかる出っ張りにかけて身体を持ち上げた。右足をチョックストーンの上に乗り上げるつもりだったが、泥のついた沢足袋に乾いて突起のない岩はいかにも滑りそうだ。滑ると両手だけで身体を支えきれるだろうか。一瞬、自分が数メートル下に身体をたたきつけられる姿が彷彿として、持ち上げた身体を元に戻した。もう一度左手を岩に突っ込みなおす。そして意を決して右足を上げ、膝も足先も全部動員してチョックストーンの上に乗り上げた。左手を岩から外すと、強く押し込み過ぎたせいか、手の甲も掌も赤く痣になっていた。

これが私の最も遭難に近づいた瞬間だが、飲み会の肴としては面白くもなんともない。最後に足を滑らせれば飲み会では滑らないが、そうなったら飲み会そのものに来れなかったかもしれない。ノンフィクション作家の角幡唯介さんが冒険や探検ノンフィクションは遭難でもしなければ面白くないと書いていたが確かにその通りだ。

 

登山をしない人にとっては雪山は怖いところらしい。確かに自分が登らないうちは、滑落・雪崩などのイメージがつきまとって自殺行為のように思えた。漫画『岳』なんかを読むとますます山が怖くなる。作者はクライマーらしいので、ある程度起こりうる事象を描写しているが、毎回毎回惨事が起きるので山が人を喰う怪物のように思えてきて、街の描写に入るとやけにほっとしたりする。そして雪山なんて行かなきゃいいのにと思ってしまう。

そんなことを思いつつも早朝のひやりとした風を頬に感じる季節となると純白に黒い筋を引いた峰々を想ってのこのこ家を這い出すのは、冒険家の業などではなく単に学習能力のなさである。単に美しい景色や楽しかった思い出に記憶が塗りつぶされているだけで、いつの間にやら怖さを忘れている。

 

2年前の前穂高岳では怖い思いをした。

ちょうどクリスマスの時期で、24日に西穂山荘に宿泊し、翌朝に西穂高岳まで往復するという計画だった。西穂山荘を出発した登山者のうち、雪山初心者は小屋から30分ほどの丸山で引き返す。中級者は西穂高岳独標で引き返す。上級者はさらに先の西穂高岳本峰まで行き、超上級者は西穂高岳から奥穂高岳へ縦走するがこのクラスはほとんどいない。超上級者から見ればお尻ペンペンのレベルだが、私はカモシカスポーツのアウトレットで1万円しなかったピッケルを手に西穂高岳本峰を目指した。

小屋を日の出前の4時半くらいに出たが西穂高岳は遠い。丸山、西穂高岳独標、ピラミッドピーク。登り下りを繰り返していい加減うんざりしたころに西穂高岳本峰が現れた。最後の50mほどの登りだけは気味が悪い。急斜面に雪が載っており、十分にアイゼンの先を蹴りこんだつもりでも足元の雪がぼろりと崩れる。体重を乗せていいかは感覚で知るしかない。少し苛立ちながらそこを登りきるとすじ雲で掃いた青空の下に前穂高岳がでんと座っていて、そこが西穂高岳本峰だった。

頂上では少しの間写真を撮ったりしたが、寒いのですぐに下山を開始した。沢登りの時もそうだったが、登るより下る方が難しい。先程登ったぐずぐずの斜面を下らなくてはならない。面倒だが斜面に顔を向けて後ろ向きにクライムダウンする。ここで横着をすると痛い目に遭う。

慎重に下りて行ったが、あと数メートルで急斜面が終わるというところで魔が差した。前に向き直って最後を下ろうとしたのだ。後ろから来た1人が普通に前向きで下りていたというのがあるだろう。もう大丈夫という油断があった。

「あっ!」と何気なく着いた右足の下で雪がぽろりと崩れた。尻もちをつき、そのまま滑り始めた。「やばいっ!」と感じ、やみくもに足を雪面に押し付けた。止まった。

滑ったのは2mもなかった。そのまま滑ったら大怪我だっただろうか。それとも死んでいただろうか。はたまた無傷だっただろうか。とにかく油断が原因だ。私は立ち上がると再び斜面を前にして後ろ向きに下りて行った。

ところがこの日、怖い体験はこれだけではなかった。小滑落からわずか数分後、後ろから「あっ!」という声が聞こえた。見ると登山者がうつ伏せで滑っている。ちょうど私が滑った場所と同じところから落ちたようだ。男女の区別もつかなかったが、滑落者が20mくらい滑ったところで少し斜面が緩やかになり、止まりそうだった。私は「止まれ!」と念を送ったのだが、一度付いた勢いは私の想像以上に強いらしくそのまま止まることなく広い斜面の真ん中を下へ下へと滑り落ちて行って見えなくなった。私は少し岩が邪魔になるところから目撃していたが、真上から見ていた人が素早く電話でレスキューを呼んでいるようだった。少しすると滑落した人は起き上がって私から見える位置まで動いていた。動いていることを確認すると、万が一携帯が通じかなかったことを考えて私は小屋へ急いだ。西穂山荘でスタッフに着いてスタッフに訊くとすでにレスキューが呼ばれたそうだ。

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思うに生命の危険は万人に共通した話題になるが、山の危険は登山者特有のものだ。つまり真に迫った危険でなければ飲み会の肴なんぞにはならない。しかも、男女混合の合コン的な飲み会ではただ無闇に生命を危険に晒す不届き者に間違いなくなるので注意が必要だ。

だったら山をやめんかい?やめるくらいなら始めない知恵があるというものだがね。