クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

Zenのこころ

ここのところスティーブ・ジョブズの伝記やPatagonia創業者のイヴォン・シュイナードの著書"let my people go surfing"を読んでいて気付いたのは、彼らは非常に'Zen'に興味を持っているということだ。

いや、彼らのようなビジネスの世界に生きる人々だけでなく、結構いろいろな職種の人が興味を持っている。沢木耕太郎深夜特急』でも「禅とは何か?」と尋ねられるシーンが出てくる。今日本人で禅に興味を持っている人より海外で興味を持つ人の方が多いのではないだろうか。


日本において禅は宗教に分類される。しかし、日本人以上に強固な信教を持つ欧米の人々を引き付けるのは禅の持つ哲学性とそれに加わる神秘性だろう。私は禅についての詳しい見識はないのだが、ふと大学時代の講義を思い出したので書いてみたい。

 

私は大学時代に史学というあまり実用の役に立たない学問をしていた。その大学の中世史の教授の専門は仏教史で、ざっくばらんな講義はなかなか面白かった。その教授は世界の憧れる日本の禅についてもざっくばらんに語っていた。

以下はその講義で聞いた内容だが、記憶任せなので内容は保証できない。


曹洞宗の開祖・道元は同じく臨済宗の開祖となる栄西とともに中国へ留学している。道元が中国の禅寺に入ると食事の準備をその寺の高僧が行っている。これを訝しんで道元は「こはいかに」と言ったかどうかはわからないが、その寺の者に尋ねたところ

「人の営みにおいて食事というのは大切なことです。位の高い僧が準備を行うのは当然のことなのです」

という答えが返ってきた。道元の頭の中には「食事の準備などは下働き」という認識があったのだろう。大いに恥じ入って考えを新たにした。

曹洞宗はただひたすらに座禅をする、いわゆる「只管打座」が注目されるが、人の生きるための営みを非常に重視するのだという。

 

さて、今一人、臨済宗開祖・栄西が日本に持ち帰った禅は哲学的な考察を行う「公案」である。

有名な公案に「瓢箪で鯰を押さえるにはどうしたら良いか」などがある。これは水墨画「瓢鯰図」として禅僧・如拙が描いたことでも知られる。また他に有名な公案として「両手を叩いた時に音が発するのは右手か、左手か」というものもある。

公案に明快な解答はない。「瓢箪で鯰をどつきまわす」とか答えたりすると師匠にどつきまわされる(これは冗談)。

「両手が衝突したときに空気を振動させてその振動が鼓膜を震わせて聞こえる」なんていう科学的な答えを期待されているわけではない。

「まあこれを師匠から聞かれた弟子は考えるわけですな」

中世史教授は語る。

「考えて考えて答える。それではダメだと師匠に言われてまた考える。答えが実はないのではないかと思うでしょ!?でもあるんです」

ここまで聞いても学生はシンと黙っている。みんな頭の中は「??」なのだ。

「あんまり乱暴な言い方をするのも問題なんだけど、答えは『ない』なんだ」

ますます「???」という声なき声が上がる。

「考えて考えて何も『わからない』というのが正解なんだな。結局は何事もわからないということが悟るということなんだ」

 

最も有名な禅僧と言えば一休宗純がいる。一休さんが禅僧だと意識している人は少ないが、確かに頓智話というのは禅問答のようなものが多い。

しかし、それが勘違いの基なのかもしれない。アニメ「一休さん」は必ず一休さんが軽妙な答えを出す。それを期待してわれわれも見ている。話に答えは必ずあるのだ。

一方で現実は答えがないことの方が多い。ビジネスやスポーツ、さまざまな生活営みに答えはない。特に世界の第一線にいる人々は常に誰も見たことのない答えを探している。本当の答えなど最初からないのかもしれない。そう考えるととてつもない不安がのしかかってくる。

しかし、いくら考えても結局は「わからない」となれば少しは救われるのではないだろうか。失敗してから「考えが足りなかった」などと後悔したり、「自分に力がないのでは!?」という自責に駆られることはない。

 

私は山でわりと迷うことがある。明確に印のある登山道から急にバリエーションに入った時などよく戸惑う。バリエーションから一般登山道に入ったときも意外とギャップに慣れなかったりする。

結局は自分で考えて見極めるしかないのだが、正解を求めるほど解答が出ないことになることが多い。

「うーむ、わからん!」

と思っている時はアタリで、

「これしかない!」

と思う時ほどハズレを引いているのはなぜだろう。

私にはまだZenの精神が足りないということか…。

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まさに五里霧中の世界(奥穂高岳からの下山中)

 

ちょっと贅沢

今年は天候が不順なのでお盆は実家に帰っていた。そして珍しく兄弟が揃うということで連日いろいろご馳走してくれた。

それにしても我が両親は60を超えてもよく食べる。4人で焼肉を食べに行ったら、締めのご飯物を除いてほぼ全員が同じくらいの量を食べている。しかし、これまで私が幼いころは焼肉は高くつくので家であまり性能のよくないホットプレートで焼いていたことを考えると、大変な贅沢である。

そうなると今まで節制を叩き込まれた我が人生は何だったのだろう。最近贅沢についてはしみじみと考えることがある。

 

「今日は帝劇、明日は三越」というのが昭和初期憧れの贅沢であるが、帝劇は後に残らない贅沢、三越は後に残る(物が残る)贅沢と言える。

私が陰で「リッチ君」と呼んでいる会社の後輩は「残らない贅沢派」で、彼の家の中で最も存在感があったのは楽天セールで買ったという身長1mのリラックマのぬいぐるみだった。

それでいて常に貯金がないと嘆くほどリッチな使い方をする。その使い方はというと夏の旅行ではわずか3日ほどでお二人様20万円の旅行を繰り広げたりと、後に残らない泡のようなものである。

彼は物に興味がない。以前はこだわりがあったらしいが、今ではスーツも大丸で安売りしている時しか買わないそうだし、ワイシャツも2000円くらいで十分だという。おまけに私のように登山などの特定の趣味を持たないので、趣味道具に凝ることもない。

しかし、人に物を贈るときには独自の流儀があるようだ。

「いいものはどこで買うかが重要なんです。同じ指輪でも銀座で買ったというのと渋谷で買ったというのでは違うんです」

彼は婚約者のために70万円の婚約指輪を買ったそうなのだが、買う場所にこだわっていた。自分の着るスーツへのこだわりと大違いである。確かに指輪なんかは素人が値段を見極めるのは難しい。そんな指輪だからこそ、どこの店で買ったかという事実が付加価値を加えるのだという。なかなか説得力のある話である。

私のごく身近に「同じものなら安い方がいい!」と主張する人がいて、こちらは婚約指輪を卸売市場のようなところで買った(物はまともだが)話を聞いただけにこの主張はなかなか新鮮だった。

お前はどっち派かと聞かれると、節制・吝嗇な性格なので答えに窮するところだが、自分はどうするかを置けばリッチ君の主張に軍配を上げたい。

 

檀ふみさんは「シャンパンの泡のような贅沢」が好きだと書いている。飛行機はファーストクラスを使い、機内でシャンパンを開け、贅沢を噛みしめながらうつらうつらしているうちに異国へ着いている。さすが女優。一般人はビジネスクラスからファーストクラスへ変えるなら、その分美味いものでも充てようという銭勘定が先に立つ。

私の考えうる限りの贅沢は、下界の暑い夏に2000m以上のテント場で、1缶500円也の缶ビールを片手に、見知らぬ人と山談義をしながら眼前の山に目をやるということだろうか。これをするには片道数千円の交通費と健康な身体と最高の天気くらいしか必要がない。安いと言えば安い。ただ、健康な身体だけは金で買えないので、普段からの精進あるのみである(そんなに精進していないけど)。

結局のところ贅沢は金をかけることではなく、時間を贅沢に過ごすことに尽きる。われもわれもと人が集まる贅沢は、結果的に市場の原理として金がかかり、ニッチな贅沢を求める人(私を含む)は結果的に金をかけずに贅沢をしているものと信じたい。

まあ貧乏性には贅沢に対する耐性がないので、許容範囲での贅沢がポイントだ。

 

お盆休みの終盤、北アルプスへ登山に行った。

帰りの松本駅で、列車の時刻を調べると、鈍行列車は1時間半後、あずさ号は10分置きくらいで出ている。ただし、Uターンラッシュのピークなので、どれもこれも満席。今年からあずさは全席指定席になってしまったので、自由席狙いで待つこともできない。

一番早いあずさ号に乗れば3時間半くらいで着くのに、鈍行を待てば6時間弱かかる。憤怒に駆られそうにになりながら自動券売機で空席を確認すると、奇跡的に30分後の列車に空席があった。特急券は2000円少々だが、3時間近くを金で買うことにし、さらに改札内の駅弁屋で「鳥めし」なるものを買った。鈍行で空腹に耐えながら帰るのと比較すると計3000円くらいの「贅沢」ではある。まあ許容範囲だろう。

そう、私の贅沢の許容範囲は所詮3000円くらいなのだ。

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私にとってのちょっと贅沢

 

川の景色

今年の夏は暑い。毎年のようにそう言っている気がする。このままだと、かつての温帯が亜熱帯で、亜熱帯は熱帯になり、熱帯は「猛熱帯」とかの新しい名前が必要になるかもしれない。


とにかく暑いので、実家から奈良県南部へ避暑に出かけた。行ったのは洞川という川(奈良県天川村)で、河原には心地よい風が吹いている。

昼近くになると人が多くなって

きた。「みたらい渓谷」にはさほど大きな滝や流れはなく、川遊びにちょうど良い。

子どもは案外控えめに浅瀬で遊んでいるが、お父さんは岩から淵にダイブしたりとはしゃいでいる。巨大な犬を連れた家族もいて、犬も日差しが暑いのか、身体を流れに浸しては起き上がり、また浸しては起き上がりを繰り返していた。

川で遊ぶ風景は良いものだ。プールと違って芋洗い状態にならないし、何より水が常に冷たく、清冽である。人工物にはないちょっとした危険も良い。私は裸足で歩いて、岩のぬめりで滑り、大転倒してずぶ濡れになった。

それもまた良しなのだ。

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少し下流の集落で昼食を食べた。

こんな所にまで来て中華料理屋に入ろうとする父親を制止して川魚料理を出す店に入る。

アユ定食とアマゴ定食を頼んだ。私の頼んだアマゴは川魚と思えないくらい脂が乗っていて美味い。

他の小鉢も意外と言っては失礼だが、手が込んでいて美味かった。何より川を眺めながら食べるのが良い。川を全ていただくという感じがする。

帰りに橋から川を眺めると大きなニジマスがたくさん群れていた。

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私の実家は大和川の上流で、小さな川の岸は全てコンクリートブロックに覆われている。幼少時代の大和川は日本一汚い川に認定されており、常にアブクを浮かべていた。こうなると「川を大切に」という看板も小学校教師の「川にゴミを捨ててはいけません」という言葉も空虚で、私たちは「これで一級河川かよ!」と吐き捨ていた。

洞川に行った翌日は墓参りに行き、その川の横を歩いて帰ったのだが、以前よりはましになっていて、川底には放流したらしいニゴイがうようよしている。ゴミも目につくほどはない。美しくはないが醜さは少し減っている。

しかしなぁ。しかし川の育む魚が人の中に入るくらいになるまでどれくらいかかるだろう。


カヌーイスト・野田知佑さんがテレビ番組の最後に言っていた言葉が私の心に響いている。

「『ふるさと』というのはすなわち川なんだよね。つまり川が汚れているというのはふるさとが汚れているわけで、ふるさとがダメになっているわけなんだ」

誤算の山ー笛吹川東沢遡行

いよいよ今年も暑くなったので沢登りに行ってきた。熱心な沢ヤは5月くらいの雪渓が残る時期から活動を開始するらしいが、私は水遊びに出かけているのに過ぎないので、沢に入るのはもっぱら8月だけだ。

いわば大人のプール。いい大人は着衣のままで水と戯れるのである。

 

週末の天気予報が突然良くなったので、前日に笛吹川東沢の遡行へ行くことを決めた。今回この川へ行くのは2度目となる。

笛吹川山梨県の川で、公共交通機関で行く場合、中央本線塩山駅から西沢渓谷までのバスに乗ることになる。このバスは冬季休業となるが、シーズン中は毎日行列ができるほどの賑わいとなる。途中に乾徳山というハイキングに手ごろな山もあるし、西沢渓谷からは滝見物や百名山甲武信ヶ岳へも登頂できる。このバスは1日4本しかないので、週末ともなれば増便が必要となるほどの混雑になる。

もちろんそんなことは用意周到、織り込み済みの私なので、塩山駅にはバス出発の50分前に到着できる電車に乗り込もうと最寄りの駅に向かうと、電車が来なかった。早朝から事故で遅れているらしい。しかしこの時点ではまだまだ余裕である。もともと乗るつもりの電車が来る20分前に駅にいたからだ。しかも塩山駅でも50分の余裕があるのだ。

「余裕余裕」と嘯いていたら電車が来たのは30分後だった。

 

その後も電車は間隔調整や特急電車の通過待ちを繰り返し、結局塩山駅に着いたのはバスの時間を5分過ぎていた。間隔調整はわかるが、有料特急待ちは少々納得がいかない。後で聞けば、有料特急「あずさ」は2分遅れくらいで運行していたらしい。こっちは1時間以上余計にかかったのだ。ただ、お金を払った方が正確に着くのは資本主義と言えるかもしれない。

それはさておき、バスも電車の遅れを考慮し、到着を待っていてくれたので、予定より10分遅れくらいでバスに乗り、結局10分遅れくらいで西沢渓谷のバス停に着くことができた。

バスを降りるや沢に向かう。入渓ポイントはつり橋を渡った西沢渓谷の探勝路の入り口あたりとなる。山梨百名山に選ばれている鶏冠山の登山口とも重なるので、河原までも下りやすい。しかも笛吹川東沢は沢の中ではかなり人が多いので、人跡未踏はおろか人跡だらけなのだ。沢初級者の私としては心強くはある。

ちなみに入渓ポイントで前回は眼鏡を忘れるというミスを犯した。パッキングして詰めなおすときに石の上に置いたらしい。今回は沢足袋を履いて荷物を収めると周囲を2度見てから沢に入った。

 

入渓ポイントから山の神と呼ばれるポイントまではほぼ沢伝いではなく巻道を伝って行くことができる。そこからは川の中の歩きやすいところを辿って川をひたすら遡ることになる。

人気の多い川なので、あちらこちらにピンクのリボンが付いていて、「こっちへ来い!こっちへ来い!」と手招きされる。ただ、リボンの呼ぶままにフラフラと歩いて行くと思わぬところに深い淵が現れて往生することになるので、むやみに信用せず、自分で判断することが大切だ。


まあ笛吹川はそんな偉そうに書くほどの難易度はない。

天気が良くて増水してなければ、溺死するような深みはあまりないし、難しい部分はたいてい巻くことができる。川の水に足を浸して涼を享けながら、滝を愛でるのが正しい楽しみ方となる。

機嫌良く歩いていると、不意に河原の石の色が変わり始めた。

「??」

一瞬何か分からなかったが雨だ。

なぜ雨が降る?今日は晴れ時々曇りではなかったのか?

空を見ると晴れ間と雲が混在しており、沸き立つ雲から小さな雨粒が落ちている。

どうせ濡れているので濡れるのは良いが、今夜の焚火が濡れるのは痛い。夜は焚火で米を炊き、この間ビンゴ大会でもらった資生堂パーラーのチキンカレーを食べるつもりだったのだ。しかも焚火ができないと今晩と翌朝の朝食がなくなる。

思わず古代のシャーマンに扮して

「日よ!出でよ!」

と叫びたくなった。


笛吹川東沢のハイライトは「魚留の滝」の上部にある滑滝と「両門の滝」である。

東沢から釜ノ沢へ入ると、文字通り魚が遡行できなさそうな魚留の滝があり、その左側を慎重に登ると滝の落ち口に立てる。そこでは滝の部分とは異なり、滑らかな岩の上を水が滑り落ちている。

下の写真は魚留の滝だ。上部が比較的なだらかになっているのが見て取れる。

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滑らかな水の流れのところを沢用語で滑滝と呼ぶ。私は水量の多い豪快な滝より滑滝の方が好きだ。


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滑滝の部分は両脇に木が生い茂っていて、まるで水の流れる緑のトンネルのような景色で、何か現実感のない雰囲気を含んでいる。


笛吹川東沢のもう一つのハイライトは両門の滝である。

これは二箇所からの流れが一つの釜に集まるポイントで、これもまたなぜ同じくらいの流れが同じ場所に注ぐのか不思議になる場所だ。


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甲武信ヶ岳方面へはこの二つの滝のうち、向かって右の東俣を遡行することになる。


わたしは両門の滝を越え、さらに薬研の滝を越えたところで宿泊することにした。時刻はまだ13時だ。

まずは雨に備えてツェルトを張り、焚き木を集める。雨は止んでいたが湿度が高いのが肌でわかる。とにかく早く焚火をしたい。

焚きつけには新聞紙を持って来た。濡れた木で焚火をするには固形燃料を使うという裏技もあるものの、晴れると信じたため、たまたま「お試し」で投函されていた東京新聞を持ってきたのだ。

しかし、この新聞紙で火がつかないと死活問題となる。大袈裟かもしれないが、食料はビスケット、歌舞伎揚、柿の種少々と米一合半に資生堂パーラーのレトルトチキンカレー。このチキンカレーは先日の長野旅行の夜、ビンゴ大会でもらったもので、これを楽しみに登って来たと言っても良い。


焚きつけの東京新聞はライターで火をつけると豪快に燃えた。炎を吹き上げ、木に燃え移るのは時間の問題かに見えた。

しかし、木は細い部分がチリチリと焦げるばかりでなかなか燃えようとしない。

「ガンバ!ガンバ!」

と声援を送るが、白い煙を上げるばかりだ。たちまち灰になったのは新聞紙だけで、枝は少しばかし黒くなっただけだった。

それでも息を吹きかけ、さらに新聞紙を投入し、を繰り返しているとようやく焚き木の下から白い煙が立つようになった。完全ではないが火がつきつつあるらしい。思わず凱歌を上げたくなる。チキンカレーまでもう少しだ。

持って来た焼酎をちびりちびりやりながら待つ。晴れなくても焚き木ができて、酒が飲めて、飯さえ食べられれば十分だ。

そんなことを考えていたら、またしても雨が降り出して焚火はたちまち鎮火してしまった。


結局、夕食は米となった。

焚火の前に米は水に浸けておいたので、食べるしかなかったのだ。それに食料も乏しく、無駄にできない。

生米を齧っていると、なんとも言えない虚しい気持ちになる。かつて飯炊きが下手だった頃はよく失敗して焦げ焦げと半生の米を食べたが、暖かいのが救いだった。今回は火もないので冷たく固くて味のしない物体を啜り、18時過ぎには寝てしまった。


2日目は5時に出発。慎重にルートを見極めて沢を詰める。

前回は右に登るところを左手の沢を詰めて窮地に追い込まれた。沢を詰めると甲武信ヶ岳の山頂直下に伸びる砂地に出て、登れなくなったのだった。幸い砂坂をトラバースして、灌木にしがみつき、そこを乗り越えると登山道があり、あっという間にストレスのない空間に投げ出された記憶がある。

今回は同じ轍を踏むまいと先人の付けたリボンなどの痕跡を見つけながら進む。

沢がもう枯れそうなところに差し掛かると、右手にピンクリボンが見えた。ここから登れということらしい。

しかし、この時点で私は気づいていた。左手に甲武信ヶ岳が見える。正規ルート甲武信ヶ岳直下にある甲武信小屋に出るので、甲武信ヶ岳そのものは見えないはず。見えるのはすなわち目標の場所より右に登ってしまったのに他ならない。

まあ登ってしまったものは仕方がない。そう割り切って灌木をかき分け、太い木を避けながらとにかく上を目指す。登れば必ず奥秩父の縦走路に出る。

ただ、今回最大の誤算は焚火とともにこのルートだった。シャクナゲはそれが務めだと言わんばかりに立ち塞がり、そこを越えて少し行くと再びシャクナゲバリケードすぐ近くに見える稜線が異様に遠い。


ただ、迷っているという感覚がなかったことは大きかったかもしれない。現在地はおおよそわかる。さらにこのシャクナゲにも記憶があった。

3年前に西沢渓谷から鶏冠山に登った。鶏冠山から鶏冠尾根を辿ると木賊山に出る。その時も猛烈な藪漕ぎをさせられた。その時の感じと今回はよく似ていた。

誤算ではあったものの、落ち着いて歩を進めていると、記憶通り木賊山の標識の裏にひょっこり出た。

安否確認

安否確認訓練というのがあった。

変な書き方をしたが、要は災害時に安否を確認できるかのテストである。社員の携帯電話に「今無事ですか?」というメールを飛ばし、各社員がインターネットサイトに接続して、「今無事です」、「施設に異常はありません」とかの情報を入力(チェックを付ける)する。危機対策の管理者は誰の安否が確認できてないかを一覧で見ることができるようになっている。

私は事務所内をウロウロしていたら「安否確認が取れてないよ」と呼び止められて初めてメールを見た。歩いていると携帯が震えたかわからなかった。

「事務所を歩き回っているのだから無事に決まっているだろう!」などと言ってはならない。昔から防災訓練はそういうものなのだ。


今日本で最も安否が確認にしにくいのは山だろう。

海は障害物がないからよほど外洋に出ない限りは電波が届くし、外洋に出る船なら強力な無線を積むだろう。飛行機でも今はWi-Fi接続可能な便が多い。

一方山はまだまだ通じないエリアが多いのが現状だ。稜線まで出ると通じることが多いし、山小屋では「docomo入ります」なんて貼り出しているケースもあるが、登り始めから中腹まではたいてい通じない。

一昔前まで山岳雑誌では「山では携帯が使えないことが多いし、電池が切れたら終わりだから、必ず紙の地図を持ち、携帯に頼らない登山をしなさい」と書かれていたのが、最近は「緊急に備えて携帯を必ず持ちましょう」となっている。安全重視の点でブレはないものの、ひねくれ者の私は「どっちやねん!」とツッコミを入れたくなる。


登山者の中でも沢登りは最も安否確認にしにくい場所となる。沢は山の中でも窪地にあたるし、木・岩など障害物だらけなので、ほぼ電波不通となる。さらに泳ぎなんかが加わると、携帯そのものを持って行くか迷うこともある。

当然緊急時の連絡のためには持って行った方が良いのは間違いないのだが、水没して壊す恐れもある。だいたい今のスマホ君たちは高価であるし、私の所持するiPhone SEは防水ではないのだ。壊して後悔する物をハードな登山に持ちたくないのは人情か慳貪か、少々の葛藤がある。

ちなみに下の写真は3年前に奥多摩・海沢で水遊びした時のもので、この時は泳ぐため、携帯を持たなかった。山岳ガイドの方に知られたら叱られそうである。


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安否確認訓練はどれほど効果があったのかわからない。いざ有事の際は安否確認より前に当面の安全を確保する方が大切だろう。防災訓練はどうも管理者側の確認作業練習になっている傾向がある。初期の安全確保は自力でなんとかするしかないにもかかわらず、その練習はしないのだ。本当はまず死なないように行動することが重要ではないのか。

携帯をみんなが持っていることで安否確認はしやすくなった。ただ災害で生き残れるかは別問題で、安否は自分自身が握っている。確認は事後確認に過ぎない。


登山をやっているとそれをよく感じる。ここで踏み外したらおしまいなのだ。

登山の安否は自分しか決められない。

登山と生産性

参議院選挙があった。政策、争点不在と言われる昨今の選挙の中でも特にわからない選挙だった。一方で消費税増税を、他方では年金を、かと思えば憲法改正手続きへの議席を確保できるかに注目していてたりで、結局各政党が何を争っているのだろう。和食と中華料理とイタリアンが各々勝手に客集めをして競っているように見える。

そんな中、山本太郎率いる「れいわ新選組」が政党となる議席を確保したという。少し前のネットニュースで見た記事によると「生産性ばかりが重視され、息苦しい社会を是正する」のだそうだ。

生産性を重んじると息苦しい?なんだそれ??

 

働き方改革」のおかげか、生産性にようやく注目が集まる昨今であるが、私は登山は最も生産性が重んじられるスポーツではないかと思う。

「なんのこっちゃ?」と言われるかもしれない。確かに登山は「生産的」なスポーツではないからだ。ナンバーワンを簡単に決めることができない。クライマックスである登頂シーンも、当事者以外見ることはなく、今や分かりやすい目標がないのでスポンサーもつかない。おまけに死ぬ可能性が常にある。

大航海時代の船乗りみたいな一獲千金もない趣味に打ち込むのは生産的ではないかもしれないが、だからこそ生産性を重視しないと続けられないと思うことがある。


具体的に考えてみよう。冬の3000m峰に登るとする。

まずは時間が必要だ。冬山は夏と違って無理はできない。特に晴れか雨か(冬なら雪)だけでなく風の予報を見ないといけない。早い話が夏よりチャンスが少ない。したがって「今週末はチャンスだから、行こう!」と2、3日前に決めることになる。いきなり決めるのだから、休日出勤などしている場合ではない。次のチャンスはいつ来るかわからないのだ。

つまりいつでも行けるように仕事は前倒しで進める必要がある。冬山は夏以上に事前の時間管理が肝心となるのだ。


さらに問題は体力である。夏なら15㎏くらいの荷物でテント泊も可能だが、冬はクランポンピッケル、防寒着、厚手の寝袋などが加わるので、さらにトレーニングを行った方が良い。トレーニングにも時間を要するわけで、短時間で効果の出やすい方法が必要だ。

個人的には片足スクワットをしている。両足だと何百回もしないといけないが、片足だと20回でもわりとトレーニングになる。登山の動作は(先鋭的なクライミングを除けば)スクワット運動が多く、荷物を担ぐことを考えれば、体重以上の負荷をかけた方が良い。スクワット20回するのに1分もかからない。朝晩片足ずつ2セットでも8分。

スクワットは筋トレにはなるものの、持久力がつかないのは問題だ。冬は寒いので、動き続けた方が良い。止まると寒くなって上着を着て、動くと脱いでを繰り返すと時間がかかるだけでなく消耗も早い。体温が一定となるペースを維持しつつ歩を進めるのが最も効率的となる。

持久力は短時間で鍛えにくい。何しろ長時間動き続ける力が持久力なのだ。これもいろいろやりくりして時間を確保するしかない。私は夕食の準備を30分くらいでする。外食よりも時間がかからない(外食は注文から出てくるまでが短くても店舗に行く、支払いをするなど結構いろいろな時間がある)。そしてそうやって確保した時間でトレーニングするわけだが、適度に天気の悪い(山はダメだけど、平地では雨の降らない)日を選んで、継続的に行わなければならない。


装備にも生産性と合理性が必要だ。

何しろ夏より重くなるし、寒いから休憩もあまり取れない。とにかく過不足なく軽いに越したことはない。

雪山登山の入門書には「ザックは最低でも80リットル」と書かれていることもある。80リットルの荷物は25㎏、上手に詰めると30㎏くらいになるだろう。体重60㎏の人なら90㎏になるわけで、とても俊敏には動けない。

冬山こそ装備は軽い方が良い。軽いと速く動けるし、速く動けると行動時間が短いし、行動時間が短いと腹も減らない。

つまり生産性が良い。腹が減りにくいとさらに装備(食料)を軽くできる。

下の写真は1月、甲斐駒ヶ岳に登った時の装備。58リットルのバックパックに詰め込んだ。クランポンとショベルのヘッドは中に入っている。自分では頑張って軽量化したつもりだが、その2年後には45リットルで同じルートを登っているのだから、軽量化はまだまだである。

肝心なのは「必要なものしか持たない。不必要な予備は持たない」ことで、着替えのTシャツを持つかいつも悩む。何しろ企業の生産性と違うのは成果物が自分の命の確保にあるということだ。「何を大袈裟な」と思われるかもしれない。ただ、軽量化の天秤の先にいるのは自分の命であることは間違いない。

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冬山の最大の問題は何か。

それは天候や装備も確かにある。日も短い。しかし、交通手段が少ないのが最大の制約となることが多い。

通年でバスやロープウェイが動いているのは八ヶ岳・美濃戸口、北アルプス新穂高温泉中央アルプス千畳敷などで、とにかくマイカーなしでは厳しいし、マイカーでもスタッドレスタイヤが必要となる。私のように公共交通機関オンリーだとバスの時間に合わせて下山しないとその日に帰れない可能性もある。時間に合わせた計画とその計画に合わせた体力が要請されるわけで、それなりに想定外を想定することも必要になる。

1月に仙丈ヶ岳に行った時、一緒に行った仲間がバテてしまった。二泊三日の山行の中で2日目も「お腹痛い!」と騒いでいたので予想通りだったが、順調なら途中で風呂に入って高速バスで帰るつもりだった。

風呂に入れなかったのはやや誤算だったものの、本当に下山できないとなると焦ったに違いない。冬の仙丈ヶ岳に行くには戸台口から半日歩いて北沢峠、そこから頂上へ行く必要がある。下山も約半日。雪深い年は丸一日かかるそうだ。

たまたま私の行った時は雪が少なかったが、余裕のある計画の中で効率的な行動をしなくてはならないと感じた時だった。

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登山用品店にマジックマウンテン社の「K2 ソロ」というモデルのバックパックが売られている。これはクライマー・山野井泰史さんが2000年、世界第二の高峰K2に到着した際に使用したものの復刻版で、容量は26リットル。一般登山者なら低山日帰りの容量だ。

ちなみに竹内洋岳さんが8000m峰登頂に使っていたのは40リットル。これも一般登山者なら小屋泊まりクラス。

究極の登山は「インプット(担ぐ荷物)に対してアウトプット(登る山のレベル)」を最大にするしかないことを示している。加えて体力は体重に対して最大限に発揮しなければならない。

私の経験則だが、冬山を単独で始めた人はみんな考え方がロジカルに考え、自分で決断できる能力がある。特に社会人になってから山を始めた人は無闇に誰かの指導を信じないので自分で試行錯誤、考えている人が多い。冬山はわからないことが多い分、自分で想定し、対策を練る要素が多くなる。夏山のような余裕がない分、自分で考えて、生産性を上げるしかないのだ。


最初に話題を戻して「れいわ新選組」だが、生産性を勘違いしているのではないだろうか。

確かに人間の能力の測定は相対的なものだ。100mを10秒かからず走る人もいれば20秒、30秒かかる人もいる。しかし、それを生産性とは言わない。ただの走る能力だし、能力は個人の分野によって違う。

30秒かかる人が20秒を目指すのはそれはそれでいいし批判することではない。世界には「10秒かからず走る奴がいるのに」などと言うのはナンセンスだ。問題は一歩上を目指さないことで、「生産性などと言うと息苦しい」と主張するのは自分自身の進化を放棄したことになる。

登山の何が楽しいかと言えば、「自分自身を上回れる」に尽きる。瞬発系のスポーツに比べて身体も装備も生産性を上げることでいくらでも改善できる(体力と持久力はそれなりに維持しやすい)。

昨日の自分を今日の自分が上回れる。それだけで明日も生きる気力が湧く。


経済学的な利益とは「希少な資源を上手に活用したこと」で生まれるものである。つまり生産性が上がれば多くの利益が生まれ、生産性が低いままなら利益を取るのは不当となる。

登山は希少な時間、装備を使って自分の命を維持するという、一見すると無駄な作業に見える。しかし、かかるものが(本人にとって)大きいので、究極的に生産性を重視する行動になっていると思う。


新選組が何を言わんとしているかわからない。しかし、くれぐれも「無駄なことにも意味がある」などと主張しないでほしいし、「生産性の高い人は低い人を助ける義務がある」などと言わないでほしい。

われわれには無駄に時間を使う余裕はないのだから。

日本のものづくり

先々週の長野旅行では有名な時計メーカーを見学した。一応はビジネストリップであり、ビジネスに対する深い見識を身に着けるためのプログラムと思いきや、ただの工場見学で大いに楽しかった。

見学したのは正確無比、精工(おっと!)な時計を作り、世界に名を轟かせるメーカーで、工場は時計は時計でも高級腕時計を作る工場だ。工場と聞いていたので、ラインがあって、ベルトコンベヤーで製品が流れてくるのかと思ったら、真っ白な作業服に白いキャップを被った作業員がデスクの前に座っていて、みなさん黙々と組み立てを行っていた。作業室と廊下はガラス窓で隔てられていて、見学者は窓越しに作業を見ることができる。もともと見学できるように設計された工場らしい。

デスクは白い広めの事務机で、作業によって顕微鏡を使ったり、ルーペを使ったりしている。電気工作キットを組み立てているようなものではあるのだが、ネジなどは家具に使われるものの10分の1くらいのサイズに見える。落としたら絶対に見つからない。床には埃が時計に入らないように空気を吹き上げる装置が付いていて物を落とすと確実に吹き上げ口に落下してしまう。

集中力を要するのは当然で、工場内は恐ろしいほど静かである。

 

昔、高校時代の技術の授業ではんだを使って抵抗器を付けるということをやったことがある。たった2ヵ所くらいなのに机から落っことしてなくしてしまった。それ以来私は精密な作業に苦手意識を持っている。

それから数年経って社会人になると、何の恨みか設備の取り付けをやるようになった。具体的にはガス器具やら水栓器具やらで、不器用な私がやったのだから今でも無事にくっついているか不安になる。

ある時、お客さん宅から瞬間湯沸器の修理を頼まれて一度事務所に持って帰ったことがあった。瞬間湯沸器というのは台所にある、丸いボタンを押せばお湯が出るという実に単純な仕組みであるのだが、あの40㎝くらいの躯体には結構いろいろな部品や安全装置が付いている、まあよくできた機械なのだ。

よくあるのはダイヤフラムというゴムパッキンが劣化してお湯が出なくなるというもので、ゴムさえ交換すれば簡単に直る修理だ。器用な人ならある程度部品を外せば隙間に手を入れて簡単に交換できるものの、私は上から一つ一つ部品を外さないとできなかった。一つ一つ丁寧に外し、順番に並べて、部品を交換してから再び取り付けると、ネジが余って頭を抱えた。試しにボタンを押すと変なところから小さな火が出た。(事務所の安全な場所で作業は行ってます。念のため)

 

それはさておき、腕時計は湯沸器の何十分の1のサイズで、部品の点数も比較にならないくらいに多い。見学者たちからは「俺、この仕事できる自信ない」という偽らざる本音が出ていた。ネジくらいならともかく、ダイヤモンドなんかを手作業で時計に埋め込むセクションもあって、自分がその作業員なら確実に1日に2、3個くらいはなくしそうだ。

この工場の真骨頂は手作業技術にあるらしい。文字通りの"manufacturer"で、'manu(手)'ですべてを作り出していて、日本人の手先の器用さを前面に押し出している。

最も高い時計は3000万円で、実物が展示してあった。時計の中に超小型の鈴(りん、おわん型の仏具)が入っており、その鈴を鳴らす回数で時を報せるという。

「3000万円ですか。これ着けて電車に乗れないなぁ」

「これ着ける人は電車に乗らないでしょう」

「確かに、ははは」

と、まあ庶民的な会話を交わしつつ見学を終えた。

その後は商品紹介などを聞いた。見学は中年のオジサンが多いせいかみんな熱心である。別に本業に活かそうという魂胆ではなく、単にこの年代は腕時計が好きなのだ。

 

さて、工場見学の感想。

この工場では部品の製造、組み立てから包装に至るまでのすべてをおなじ事業所内で完結している。いわゆる垂直統合型のビジネススタイルで、「ここの部品はもっと小さく」などという改善を内部で行うことができる。自動車のような大型機械とは違って、小さく繊細で、物理的にも小さな要請が多くなればこその形態だろう。

日本の産業の基本は垂直統合型である。海に隔てられているから簡単に技術もモノも持ってくることができないし、戦前は先進国である欧米が遥か彼方にある。幕末に咸臨丸を自力で作って太平洋を横断したように、自国内ですべてを解決してしまうしかないのだ。

パソコンやITの世界でも垂直統合型かオープン型かで覇権を争っている。前者はAppleで、後者はMicrosoftGoogleで、iPhoneiPadで席巻したAppleに対してここのところオープン型が攻勢を強めている。賛否はあるものの、機械式腕時計のようにほとんど工芸品に近い製品は技術の拡散が難しいから、こうするしかないのかもしれない。

ただ、人材採用については国内でとりあえず採用して、適性を見ながら配置するという昔からの方法を採用しているらしい。この方法は国内に人材、単純に言えば子どもがたくさん生まれる環境だったからこそできることで、今のように少子化が進めば必ずしも適性のある人材が見つかるとは限らないだろう。

すごい技術を持っているだけにその技が継承されるかやや不安である。

 

そんなこんなでいろいろな思いが浮遊する実に有意義な「大人の社会見学」だった。