クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

日本で一番暑い街

梅雨明けしたかのような暑さになっている。

日本で一番の暑さを記録したは2018年の熊谷で41.1℃。1933年に山形で40℃超えを記録して以来、40℃超えは不滅かと思いきや、近年は毎年のように予想最高気温に40の数字が出ている。

山形以来の40℃超えを記録した多治見市

近年は暑いと「暑い自慢」で町おこしというブームが起きた。その意味で熊谷は素晴らしい。1933年の山形は古い話だし「日本で一番暑い街は山形だって」「へ~」というトリビア的な意味合いから、街の知名度を上げるのに役立っている。

埼玉県というのは人口も多いし、面積のわりに地名が多いのだが、どこに何があるのかいまだに判別がつかない。

2ヶ月ほど浦和にいたので、狭山、清瀬、所沢、本庄と地名はポンポンでるのに、位置関係が頭のなかでめちゃくちゃなのだ。その中で熊谷という名前も知ってはいたが、今や「日本で一番暑い街」として燦然と輝いてきているわけだ(本当かな?)。

一方で、日本一を奪われたのは岐阜県多治見市。

相方の出身ということで縁があり、年2回ほど行っている。ただ、夏は勘弁いただきたいほど。確かに暑い。あまりに暑いので日中は人出がないそうだ。

多治見は陶磁器の街として知られる。織部焼で有名なのに、ただ暑いということでは地元民としては残念と、相方は言っている。

その点で売出しは守るもののない熊谷が成功しているようだ。まあ、今は次々と40℃超えが出ているし、暑いブランドはどこまで続くだろうか。

私は暑いのが嫌いなので、早いところ涼しいところに逃避したい。

子どもが株式投資をするということ

相方の勤めるフリースクールには変わった子どもが多い。

落ち着きがなかったり、熱中しすぎたりはもちろんのこと、株を買ってもらって、iPadで株価を眺めては上がれば機嫌のいい子もいるらしい。聞けばお父さんは会計士だという。

 

株式投資というと反応は人それぞれだ。ギャンブルだと言う人もいるし、経済を知るのに必要なことと言う人もいる。

村上世彰は投資家である父から100万円をもらって高校生から投資を始めたらしい。株価とはその企業の現在価値に将来の期待値を足した評価額だから、株価を読み解けばどのように市場で評価されているのかがわかる。市場経済を知るという意味では勉強になる。

一方で、作家の団鬼六なんかは相場師である父から「コツコツ働くなんてアホらしい」という人生訓を受け継いでしまい、人生そのものを投機的で破滅的にしてしまった。

どちらがいいというわけではない。ただ、どちらも自分で人生を切り拓く道ではある。

暑いのでとりあえず水の写真

今、参議院選挙の真っ最中だが、お金の勉強というのが日本人の最大の欠点ではないかと思ったりする。どこに票を入れてもリターンのある期待を持たせてくれないのだ。

補助金なんていう「ちょっとしたリターン」ではなく、もっと大きなものを有権者は期待している。

投資は将来への期待である。期待される方がいい人は起業するし、期待する方がいい人は投資をする。期待を売る人と買う人が資本主義の根本だと私は理解している。

その意味で、子どもの頃こそ投資で「期待」ということを学んだ方がいいと私は思う。

岩合光昭 写真展とメメントモリ

梅雨明けしたかというような日曜日、恵比寿の写真美術館に行った。目的は岩合光昭さんの写真展で、メメントモリという特別展を同時にやっているという。

メメントモリとは「死を想え」という意味らしい。その特別展のサブタイトルは「死は何を照らし出すのか」となっている。

冒頭から中世のペストと現代のコロナ、そして生と死について、重たい文章が綴られていて、中世の骸骨が描かれた版画、それから死を想起させる写真家たちの作品が展示されている。

戦争写真やインドの火葬など、少しテーマが飛び散っているような気もするが、重たい空気が流れていた。

さて、そこからひと休みして(テーマが重いし立ち疲れした)真打ち、岩合光昭 写真展へ。

パンタナールという南米熱帯雨林の写真展となっている。岩合さんの写真はいい意味で軽やかだ。今にも動き出しそうな躍動感が美しく、それでいて軽やかに表現されている。

星野道夫の写真の重々しい躍動感とは少し違っているような気がするし、どちらが優れているとも言い難い。

パンタナールのジャガー、ワニ、カピバラ、カワウソ、インコ、サルは生きていた。死を想うようなことはなく、ただ意味もなく躍動していた。そして次の瞬間の死があった。

メメントモリを見た後だから余計にそんなことを考えてしまう。

さて、不謹慎ながら一つ思ったこと。

メメントモリ展で沢田教一の有名な作品、「安全への逃避」があった。ベトナム戦争で何かに追われた母子が水の中に飛び込んでいる。写真の中に戦争を思わせるものは何もないのに、その目がすべてを雄弁に語っている。

その後、岩合さんの写真展でジャガーに追われたカピバラの親子が川に飛び込んで逃げている写真があった。ジャガーの気配を察知し、カピバラ親子が泳いで逃げている。目は黒く何を考えているのかはカピバラしか知らない。

人とカピバラ。違いはあれど…さて何が違うのだろうか。そんなことを思わせる二つの展示会だった。

山小屋ごはんのいただき方

今から夏にどこへ行くかで頭がいっぱいになっている。

去年、一昨年と北海道を長期で旅行した。涼しいし最高の旅行だったわけだが、今回は飛行機が取れなかったりで、久しぶりに北アルプスを長期縦走しようかと思っている。長野か岐阜から入って、富山県に抜け、美味しいお魚を食べて帰るというのがマスタープランだ。

 

長期縦走となると問題は食料。

過去最大の縦走登山は4泊5日で、この時は山小屋利用はなし。最初は食料でバックパックの上部が膨らんでいた。下山時には完全にしぼんだところを見ると食料が結構嵩張っていたのだ。

今回は山小屋を随所で利用するか。それが問題。

鍋割山の鍋焼きうどん

過去、山小屋に泊まったのは数えるほど。その中でも夕食を食べたのはわずか2回。

乏しい山小屋飯の経験をちょっと振り返ってみよう。

 

①西穂高山荘

西穂高山荘のクリスマスディナー

5年ほど前のクリスマスに西穂高岳に行った。

1日目は新穂高ロープウェイで上がって、山荘まで。翌日、頂上を往復して下山というプランだ。クリスマスということで山荘は混みあっていたが、お盆休みの時期ほどではない。

そしてこの時期、特有なのは夕食が豪華なことだ。

ぱっと見はガストのハンバーグランチくらいに見えるが、チキンが一応付いている。そして、ワインが一杯ずつ付く。

食事後はビンゴ大会。スタッフも客もノリノリで被り物を付けたりする。景品の当たった30代くらいの女性が「彼氏募集中です!」と叫んだりと非常に楽しかった。

食事のクオリティというより山小屋だからいいのである。

キレット小屋の晩御飯

その前年くらいだろう。9月に鹿島槍ヶ岳五竜岳の縦走に出かけた。

1日目はキレット小屋泊。ここはテント場がないので小屋泊で小屋ご飯にした。

さて、夕食はこれまたハンバーグなのだが、何だか非常に美味しく感じた。

スタッフは髪や髭が長かったりと、下界の雰囲気とは全く違っていた。キレット小屋は険しい岩場に挟まれた少し秘境的なところに位置しているわけで、水も豊富ではない。スタッフも浮世離れした感じがする。

そんな時に出てきたハンバーグである。場所が場所だけにしっかりとしたご飯が出てきたことに感動してしまった。スタッフも特別愛想がいいわけではないけど、丁寧な対応。

この日は扇谷からやや行動時間が長かったので、お腹が空いたし、非常に美味しく感じた。

 

山小屋のご飯については調べるといろいろ出てくる。小鉢がいっぱいあったり、ボリュームが多かったり。あるいはカレーのみというシンプルなところ。

しかし、山小屋ごはんは結局のところロケーション。場所に馴染めばどれも美味しく感じるのだと思う。

「フーテンの寅」人生か、「Shall we ダンス?」人生か

今後輩が家を建てていて、来月完成するという。完成するのは上物で、駐車場やらはまだなので、実際の入居は8月になるそうだが、とにかく家持ちになるわけだ。

「大豪邸」らしいので、完成したら押しかけたいと思っている。

私にとっての家はこれ

家を建てた話を聞くと真っ先に思い出すのが「Shall we ダンス?」。

役所広司演じる杉山正平が終盤の場面で「家を建てたら何かが変わった」と言う。これをどう解釈すればいいだろう。

社会人になり、美しい女性と結婚し、子どもが生まれ、家を建てて車も買った。会社でも管理職になり、一定の評価を得ている。

行き着くところに行ってしまった。それが「家を買う」という行為かと、やや呆然とした気持ちになってしまう。

寅さんと言えば葛飾柴又

一方で家を持たない「フーテン」と言えば寅さんである。

テキ屋を生業に全国を放浪する人生。ただ、映画の核心は葛飾柴又の叔父・叔母の住む団子屋のようにも思える。

あちこちを放浪しても戻って来れる故郷があることが風采の上がらない中年男への憧れや共感につながるような気がするのだ。監督の山田洋次は都会でも田舎でもない葛飾柴又を舞台に選んだのだという。

東京に住むほとんどが故郷を持たない。マイホームがあっても故郷ではない。

寅さんに帰る場所があることが観客にとっての密かな憧れなのだろう。

 

家を持つことについて、これまでいろいろ書き散らかした。

今もこんなに高い買い物をする必要があるのか、それとも放浪の気分を楽しむのか考えることがある。

しかし、結局は心の落ち着く場所があるかどうかが問題なのだろう。そこが一戸建てだろうがテントだろうが、落ち着ける場所を持っておきたいという心理が家を持つ最大の動機となる気がする。

やりたいことにかかるお金

今、相方と2人して所有しているスマートフォンが劣化している。私は使い始めて4年以上。相方は2年くらいか。

先日、電器店見るだけ見たら、iPhoneだとずいぶんと高い。今のiPhone SEは2万円台で手に入れたから余計にそう感じるのかもしれない。

いやはや金がかかる。

しかし、本当にやりたいことにはお金はどのくらいかかるのだろうか。

雪山を始めるのにはわりと金がかかる

さる付き合いの長い友人には今子どもが3人いる。全員男ということで家の中は狂騒状態なわけだが、マイホームで仕事から帰ってソファでまったりすることが幸せなのだという。

典型的な小市民的意見で大変ほっこりするのだけど、やりたいことは特にないんだとか。

かなり優秀な奴なので、もったいない気もするのだが、これは他人の戯言。マイホームと子どもの教育に金はかかるだろうけど、それが生きがいということになるのだろう。

 

別の山友達(女性)の夫君はかなり自由人だという。

結婚したのが2人とも40歳くらいなので、それぞれ稼ぎがあるし、趣味を充実させることに注力している。この間会った時は好きなバンドのクラウドファンディングに20万ほど出したと聞いて驚いた。

本人曰く「幸せな家族が交通事故に遭ったら大きく報道されるだろうけど、俺なんかだと好き勝手しているオッサンが事故に遭ったくらいで済まされるんだろう」とのこと。

やりたいことに金をかけているのは幸せな話なのだが、他人から見るとやっかみ半分に非難を受けることがある。

ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんは対談か何かで「今死んでも後悔はない」と語っていた。やりたい仕事をやり、やりたいことに金をかけてきた。やり残し、使い残しのない生き方をしているということだろう。

大前研一さんは『やりたいことは全部やれ!』という著書まで出している。世界的な経営コンサルタントでありながら、オフロードバイク、スキーなどアクティブに遊んでいる。

大前さんから言わせれば日本人はやりたいことを我慢してまで、預金を増やしている。結局あの世に持って行けない金を3000万円にも増やして亡くなっているのだという。

そう言われると、せっせと倹約に努める私もやりたいことにはもっと金をかけてもいい気がしてきた。

とりあえず今年の夏は、パーッと縦走(あまり金がかからない)をやりたい。

疲れている時のオススメ本 三選

最近疲れている。

「お前ごときが何を!」と言われれば反論しようがないのだが、こういう時は頑張り過ぎないことが肝心。それと難しいことを考えすぎない方がいい。

のほほんとした気分になれるオススメ本について紹介したい。

小泉武夫『不味い』

古今東西、人は美味いものを求める。

「美味い」は絶対的正義であり、美味い物の本は溢れている。それに対して、不味い物は美味い物との対比なのにもかかわらず、書かれたことはなかった。

発酵研究家で、自称「味覚人飛行物体」の筆者が不味い物について書いた著作が本書である。

他人が不味い物を食って苦しんでいるのを笑うのもヨシ、「不味いとは」、「美味いとは」という科学的視点でみるもヨシ。

読んでいて疲れない程度の知的読書になる。

 

奥田英朗『延長戦に入りました』

この本はほのぼのと笑えるスポーツにまつわるエッセイ集。

スポーツは常に真剣勝負である。そして真剣だからこそ余計に笑えるという部分を孕んでいる。そして、そのスポーツを見る者の視点も時になんとも言えないおかしさを持つことがある。

私が特に面白いなあと思ったのはスポーツとナショナリズムについて。

今でこそ日本と韓国の一戦の際に「宿敵」という冠が付くが、過去は全然意識されていなかった。片方が意識すればするほど、相手とのギャップが大きくておかしくなる。

イチローなんかも日本では「世界一のバッター」となっているが、アメリカではフットボールとバスケットボールの方が人気だし、知らない人が多いだろう。

この手のズレを楽しませてくれる本となっている。

 

 

高野秀行『間違う力』

これは以前にも紹介した気がする。

ノンフィクション作家・高野秀行さんが自分のポリシーとこれまでの活動について書いた本だ。

高野さんの特徴は他人のやらないことをやること。これでは突飛なことで再生数を稼ぐユーチューバーと変わらないのだが、本人は突飛だとか、奇を衒っていると思っていない。むしろ「俺って天才!」と考えていることが多い。

 

現代の疲れの原因は何だろう。

睡眠不足とか肉体疲労もあるだろうが、固形化した価値観に疲れていることが多い。

努力、合理性、勤勉。時々、読書で価値観を揺さぶってみるのもいいかもしれない。