クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

あなたは何花粉症?

花粉の季節、いかがお過ごしでしょう?

私の場合、花粉症を自覚したのは19歳の時。浪人生活を終えて、やることが急になくなったのでランニングを始めた。ランニングは有酸素運動なので、大きく息を吸って吐いていたら、家に帰って鼻水が止まらなくなった。ちょうど走っているところが杉の多かったところだったからかもしれない。

当時は「弱いからそうなるんだ」と言う大人(主に年配)の人も多くいて、アニメ「名探偵コナン」でコナン君が「花粉症とはアレルギー性鼻炎だから弱いとかじゃないんだよ」と解説していた記憶がある。

とはいえ、実のところ私は花粉症の診断を受けたことがないので、自分が何花粉症かわらないでいる。「今日は杉花粉が多く飛散し」という予報の時に意外となんでもなく、杉が終わったあたりにひどくなったり。かと言って杉花粉がひどい時はやっぱり目が痒くなったり。

そんじゃヒノキかとも思うのだけど、秋もたまになるのは何だろう。別のものとの複合だろうか。

とりあえずマスクだけで、今のところ薬には頼っていない。

北方謙三みたいに花粉症の時期は海外で執筆活動なんてことができたらいいのだけど。

20代から50代までの生き方

かなり前の「Chikirinの日記」の記事に「キャリアVSOP」というのがあった。

V:20代はバラエティ

S:30代はスペシャリティ

O:40代はオリジナリティ

P:50代はパーソナリティ

をそれぞれ積んでいこうということで、ちきりんさんオリジナルではないのだけど、納得の内容だった。

ちょうど10年前の今日は谷川岳に行っていたらしい

一方で、最近読んだ角幡唯介『43歳頂点論』では各年代をどう位置付けていたか。

20代、30代は「何者かになろうとする年代」で、40代、そして頂点の43歳には何者かになっているとしている。オリジナルな人生を送ろうと、20代は焦るのだけど、気づいてみれば他の人とは違う何かを築いて40代を迎え、43歳には集大成とも言える仕事をしているということらしい。

VSOP論とこのあたりは非常に似ている。

ただ、違うのが50代。Pのパーソナリティは「人間としての魅力」が勝負だという。角幡さんの方は自身が50歳を迎えてないので、やや想像の域を出ないので、やがて「あー、50代はやっぱ人間性だよね」という本を出すかもしれない。

 

いずれにせよ、私の場合はオリジナリティ。

何を創るか考えねばならんね。

雨雨ふれふれ

今年の冬は雨が少ない。

近所の小川は水がすっかり涸れて水たまりが残っているくらいなっているし、貯水池は底が見えるんじゃないかというくらいの部分もある。

日本人はあまり意識しないものの、ヨーロッパなんかに比べると日本はかなり多雨の地域である。年間降水量で言えば軽く倍は行っている。ゴッホはフランス南部のアルルに日本を見たらしいが、降水量で言えばやはり比較にならない。

北アメリカでも雨は多くの場合、ミスト状で傘をさすよりカッパの方がいいことが多い。日本の雨のようにびちゃびちゃになることはないのだ。

ただ、雨のない日本は自然の魅力度を半減させるような気がする。

雨があるから川は滔々と流れ、滝は岩を砕く。春の花もすべては多雨のおかげ。

野田知佑さんが「日本の川がベストだと思うんだ」と言っていた。絶えず雨によって増水するから川底が洗い流され、きれいになる。

 

しかしながら、天気の良い休日に出かけたいので、できれば雨は平日にしてほしいのが今の願いだったりする。

春はワクワク?憂鬱?

かつて父が「春になるとなんかワクワクするなあ」と言っていた。暖かくなり、花が咲いて心が浮かれるらしい。無粋を絵にしたような人なので、その話はかなり意外だった。

私はというと春は憂鬱な季節である。仕事柄というのが大きくて、決算がらみの仕事を10年以上やっているので4月から忙しい。休みもろくろく取れなくなるとなると憂鬱だ。

それに加えて花粉の季節。少し薄着になって体を動かそうにも、花はムズムズ、目はしパしパしてしまう。

それでも春は花の時期でイギリス・BBCなんかを見ても日本の花見がレポートされる。

東京に行って驚いたのは、人もさることながら桜が多いことだ。隅田川や千鳥ヶ淵、新宿御苑など、東京の桜の名所は父と大概行ったが(デートじゃないところが悲しい)、大阪にはない規模感だった。

ひょっとしたら東京と大阪の最大の格差は人口や企業数ではなく桜の数なんじゃないかと思う。

そんな駄文を書いていたら今週末は大寒桜が咲き始めたようだった。

人生を変えたお買い物

ちょっとお題に乗っかってみよう。

私の人生で思い切った買い物をした数は極めて少ない。しかし、たまにしかないだけに人生を変えたと言っても過言ではないこともある。

少しそれらを振り返ってみよう。

 

まずは高校時代の将棋盤。未だ実家に置きっぱなしになっている。桂の木で本格的な六寸盤。確か7万円くらい。駒は父が山形の天童で買った1万円くらいの。ちゃんとした黄楊の彫り駒。

大学に入って最大の買い物は自転車。ジャイアントのGREAT JOURNYというモデルで、冒険家・文化人類学者の関野吉晴さん監修。マウンテンバイクのフレームに前後キャリアとサイドバッグ4つ付いて定価が8万円台だった。雑誌かWEB記事に「ちょっと知っている人なら手を出さないくらいの価格」とあって、安すぎて怪しいというくらいの扱いだった。

しかし、その実、何も問題ない品質だったし、北海道を2週間走り回ることができた。

20代最大の買い物は雪山用品だろう。

クランポン、アックス、ヘルメット、冬靴。そしてウェアがなかなか高い。1つ1つはそれほどでもないけど、合計だと10万円超え。

しかし、雪山でいろいろな出会いができたという意味では人生を変えた買い物だったかも。

30代に入って最大の買い物は3年前のパックラフトだったかもしれない。

これは完全な衝動買いで、円安も相まって20万円以上してしまった。まあ、車を衝動買いする人はいてもパックラフトを買う人は少ないだろう。お値段は車の10分の1と考えればかわいいものか。

自前のパックラフトは活躍の機会がまだまだ少ないけど、奄美大島や釧路川でカヌー体験をしたりと、水のアクティビティを始めたのは大きいところ。これで新しい出会いなどあれば、人生を変えたお買い物になる可能性は大いにある。

 

さて、次はどんなお買い物をしてしまうのだろうか。

結婚のカタチ

NHKのWEB記事を見ていたら「出生数が過去最少を更新」と出ていた。もはや珍しくもなくなっているのも怖い。

ただ一方で婚姻数は昨年を上回っており、離婚数も減っているらしい。とすると結婚している人の数は増えているらしい。

先日、こんな話を聞いた。差し障りがあってはいけないので詳細は割愛して概要だけ。

ある企業にバリキャリ、つまり仕事ができる女性がいたそうだ。仕事ができるので収入もそこそこ。おまけにエキゾチックな美貌の人だという。

結婚には興味がなく、それなりに人生をエンジョイしていたのだが、40を過ぎて、ふと「このまま死ぬまで独りで生きていくのかな」と思ったらしい。そこで若い頃の恋愛感情とは別で人生のパートナーを求め始めた。

そこで知人の女性に相談してみてパートナーの条件を並べてみることに。「旅行が好き、お酒が飲める、アウトドア好き」みたいな細かい条件を一覧にしたところで、その知人は事もなげに「近くにいるじゃない」と言った。「結婚」という対象では見ていなかった共通の知人が奇跡的にすべての条件を網羅していたのだ。

 

NHKの記事は出生数と婚姻数を結び付けていた。これは暗に「結婚しても子どもはいらないという夫婦が増えている」という嘆きを含んでいるわけだが、結婚は人生を歩むパートナー探しと考えるのが時流であれば、結婚のカタチ、価値観が変わっていることを示唆した統計だと言えるのではないだろうか。

雪の上の足跡に思いを巡らせる

雪山に行って気になるのが「足跡」。夏でも気になるけど、やはり冬は目立つので何が通った跡か想像を巡らせることが多い。

小さいとウサギかなと思ったりする。ただ、お腹を付いた跡がないし何だろう。雪の上でウサギを見たことはあまりない。

カモシカやシカは重たい分、深雪に弱いらしい。昔はカモシカを深雪に追い込んで捕まえていたと聞く。浅い足跡ならわりと見かけることがある。

雪の上の足跡と言えば雪男。ヒマラヤで言えばイエティということになる。

イエティは巨大な白い毛のゴリラみたいなのでなくて、実際はサルとオランウータンの中間くらいの黒毛の類人猿らしいのだが、今でも探している人はいるのだろうか。根深誠さんが山岳雑誌にイエティの正体は熊だと断言していた。

足跡は縁が解けると大きくなるので、大男みたいな跡は雪の上でこそできるものらしい。

ウサギの足跡?それとも雪男?

雪山をガシガシ登るだけではなく足跡に思いを巡らせるのもいいかもしれない。