クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

旅行

川の景色

今年の夏は暑い。毎年のようにそう言っている気がする。このままだと、かつての温帯が亜熱帯で、亜熱帯は熱帯になり、熱帯は「猛熱帯」とかの新しい名前が必要になるかもしれない。とにかく暑いので、実家から奈良県南部へ避暑に出かけた。行ったのは洞川と…

日本のものづくり

先々週の長野旅行では有名な時計メーカーを見学した。一応はビジネストリップであり、ビジネスに対する深い見識を身に着けるためのプログラムと思いきや、ただの工場見学で大いに楽しかった。 見学したのは正確無比、精工(おっと!)な時計を作り、世界に名…

朝食バイキングの罠ー長野・諏訪湖にて

最近は朝は小鳥の囀りで目覚める、というわけではなく、決まった時間に目が覚めるようになった。年をとって早起きになったのだろうなどと言わないでほしい。あくまで健康だからだ。健康だからかどうかはわからないが、朝ご飯はたくさん食べる。どれくらいた…

観光旅行の罠ー長野・山梨

長野、山梨へ観光旅行に行ってきた。この両県は北アルプス、南アルプス、八ヶ岳を擁するので、個人では登山以外で行くことはなく、観光メインなんかは初めてだ。今回は個人ではなく、まあいわばビジネストリップなので仕方ないというか、二万八千円也を会社…

‘90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー帰国

意外と長々書いてしまったアメリカ滞在記だが、今回で最後にしたい。 フロリダで休日を満喫した私たちはケンタッキーに戻るとクリスマスを堪能した。なんだか遊んでばかりである。 アメリカでは、イースターには卵にペイントし、ハロウィンにはジャコランタ…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー南の楽園

アメリカ滞在中の真打ちは何と言ってもフロリダである。西・北・東と書いてきて、南を残していたのはここを書くためだ。 フロリダに行ったのは1990年も末、クリスマスの頃。とにかく向こうでは遊びまくっていたわけだが、滞在期間も最後にぱーっと遊ぼうとい…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー日本とは

「どこから来たの?中国?日本?」 「日本です」 「へー!船で来たの?」 これはアメリカに行った当初、母親が英会話教室で言われた言葉である。母親曰く「ちょっとした偏見を感じた」そうな。 そらそうだ。咸臨丸じゃあるまし。 当時アメリカの子ども達に人…

‘90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー国旗って何?

アメリカの学校では毎日国歌斉唱があった。日本の入学式みたいなご大層なものではなく、1日の始まりのチャイム代わりに左胸に手を当てて国歌を歌うだけで、まあ朝礼代わりみたいなものだ。そして歌が終わると「合衆国に忠誠を誓います」というようなことをみ…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー自由の国

7歳は日本では小学校1年生にあたる。日本の小学生は毎朝、上級生に引き連れられてぞろぞろと通学する。帰る時はどうするのだろう。私の時は帰る時は自由だった。 私が日本に戻ってきてから通った小学校では夏は白いハット、冬は男子のみ黒のツバ付制帽だっ…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ーワシントンD.C.

この文章はすべて記憶任せなので時系列も事実関係もどの程度正しいかわからない。何せ7歳だし、7歳が書いたと思って読んでほしい。 西・北と来たので今度は東に行ってみたい。東はワシントンD.C.まで行った。飛行機に乗ったのだろうか、車で行ったのだろう…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ーナイアガラへ

前回、西部に行った話を書いた。我が家は10か月の間に実は東西南北かなりの場所に行っていて、北は五大湖のナイアガラが最北となる。今度は北へと向かってみたい。 五大湖へは自宅から車で向かった。ケンタッキー州から北上すると、オハイオ州に入る。 「オ…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー西部へ行く

アメリカを含む欧米の学校は概ね6月から8月は夏休みとなる。4月に入学した私はたった2か月で長期休みに入ってしまった。月曜から金曜はアメリカの学校で、土曜日は日本人学校に行っていたので、3か月まるまるの休みというわけではなかったが、それでも…

‘90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ーアメリカに住む

私たちが住んだのはケンタッキー州レキシントンという街だ。 住まいは学校裏の閑静なアパートで、アパートであったものの、玄関へ続く石段は各家で別れており、中も二階建てで、極めて一軒家に近かった。 玄関をくぐると廊下があり、右手にダイニングキッチ…

'90アメリカ滞在記・7歳の見た異国ー出発

「昔、少しだけアメリカにいたんだ」 何かの話題にそう話すと、「へー!」と感心される。 「たった10か月だけどね」 「英語しゃべれるの?」 「当時7歳とかだから戻ってきたら全然」 これで少し英語がしゃべれたらカッコがつくのだが、英語は嫌いではない程…

一富士

1月3日、実家のある関西から関東へ帰るべく東京行の東海道新幹線に乗り込んだ。晴れた日に新幹線が新富士駅の手前を通過すると、左手に富士山が姿を現わす。窓側のE席が富士見の特等席だが、自由席では早い者勝ちですぐに埋まってしまった。仕方なく反対…

北海道自転車放浪記-9

自転車旅に「放浪記」というタイトルは少しそぐわない。自転車族はどこかを目指して走っているので、あまり無目的に「放浪」している人はいない。目指すのは大概が端っこで岬などが目的地になり、自転車を今日も明日も東へ西へ、北へ南へ走らせることになる。…

北海道自転車放浪記-8

多和平からは阿寒湖方面に向かい、途中1泊して帯広に向かった。北からの追い風の中、まっすぐな道を滑るように進む。時折風の中に獣の匂いが混じり、しばらく走ると牧場が姿を現す。巨大な米俵のような藁の塊がぽつぽつとある。牧草ロールと言うらしい。 途…

北海道自転車放浪記-7

北海道らしい景色と言えば広大な牧場や地平線まで伸びる大地、緑の草原を自由に疾駆する馬。知床までを往路とすれば知床以降は復路となる。折り返しを迎えて最後には北海道らしい景色に出会いたかった。 知床からは海岸線を中標津まで進み、道東の内陸部を通…

北海道自転車放浪記-6

いよいよ知床に来た。 知床半島は北海道の角のように北東へ張り出しているが、その付け根から付け根へ知床縦断道路が走っている。西の付け根は斜里で、東の付け根は羅臼である。 私は夕べバーベキューをごちそうしてくれたお兄さん方に礼を言って別れを告げ…

北海道自転車放浪記-5

今振り返ると、過去の出会いを大切にすればよかったなと思うことがある。「旅は一期一会、出会いはその時だけ」と勝手なスローガンを掲げていたせいか北海道2週間の旅でその後につながる交流は何も残っていない。今でもサロマ湖近くのキムアネップで会った…

北海道自転車放浪記-4

同級生のライダーとは北海道に入って4日目に別れた。最初から日中の行動はバラバラだし、バイクと自転車ではあまりにスピードが違い過ぎる。旭川を過ぎて私は一直線に知床を向かったが、彼は最北の宗谷岬の方も行ってみたいという。 旭川からは山道を登って…

北海道自転車放浪記-3

船は真っ暗闇の北海道に着いた。 前日の23:57に舞鶴港を出港して23時間、23:00に小樽港に着いた。船から吐き出された自動車やバイク・自転車はたちまち方々へ散って行った。道沿いに見かけた牛丼屋で同級生と2人で飯を食い、24時間営業のスーパー銭湯で風呂…

北海道自転車放浪記-2

北海道へは舞鶴から小樽へフェリーで渡った。しかし、まずは自宅から京都に住むバイクの同級生の下宿に寄って一泊。翌日舞鶴に向かい深夜発のフェリーに乗る。何事もなければここらの記載は飛ばすつもりだったが、実は舞鶴までの道が一番困難だった。 出発2…

北海道自転車放浪記-1

部屋の片づけをしていると得体のしれないものが見つかったりする。プラスチックの書類を入れるケースの中から箱に入った数珠が出てきた。どこで手に入れたのか全く記憶にない。 その箱の隣にもう一つ箱があり、開けてみると写真がバラバラ出てきた。一番上に…

駅弁賛歌

自動車を使わない登山になると自然と鉄道の旅となる。翌日が仕事となると特急で早々と帰宅したいが、余裕があれば鉄道の旅を楽しむのも一興だ。1人でぼんやり外の山々を眺めながら車内の人間観察をするのも悪くはない。 鉄道旅の多少の問題は食事である。登…