クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

「琴線に触れる」と「癇に障る」、「推敲する」と「推敲を重ねる」

時折気になる間違いがある。

「この言葉が彼の『琴線に触れた』んだよね」

文脈から察するに「怒りに触れる」という意味。「癇に障る」か「逆鱗に触れる」が正しいだろう。

「キン」という語感の鋭さからから間違いやすいものと察せられる。

琴線は文字通り琴の糸。触れると繊細な音を奏でることから、心の細やかな情感に訴えることを言う。

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ハーケンとカラビナ(文とは無関係)

また、時々迷うのが「推敲する」という表現。

推敲は語源は「推す」と「敲く」の組み合わせ。唐の賈島という詩人が「僧は推す月下の門」と「僧は敲く月下の門」という句で迷った際に、「おす」と「たたく」を身振りで試しながら考えた。

夢中になって押して叩いてを繰り返したため、韓愈の行列にぶつかってしまう。通常ならひどい目に遭ってしまうところだが、同じく詩人である韓愈はわけを聞き、

「それならば『敲く』の方が良い」

とアドレスした。

 

戻って「推敲する」で何を迷うのか。

「推敲」は重ねる方がいいのかなと思ったりするのだ。一度推して敲く程度では韓愈に行列にぶつかったりはしない。

物事、夢中になれば新たな出会いがあるということを本当は指しているのではないだろうか。