クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

なぜ走るのか、なぜ歩くのか

最近はマラソン前ということで夜走っている。

以前はマラソンがあろうがなかろうがトレーニングのために走っていたのだけど、ちょっとサボっていた。それだけに走り始めて水曜か木曜くらいには疲れがたまってくる。

 

寒い夜でもそれなりに走っている人はいて、特に冬場は必ず2、3人とはすれ違う。公園ではグルグル周回する人も多い。最近はランニング用の小さなバックパックを背負っている人も多くて、あれに何が入っているのか気になったりする。

それにしても自分を棚に上げてだけど、なぜみんな走っているのだろう?

5年前も高知を走った

よく言われる話が「現代人の身体性の喪失」である。

人類のほとんどが身体を使って生産をして生きていた時代を過ぎて、現代は頭脳労働者が過剰に増えてしまった。脳ばかり使っていて、身体は置き去りになってしまい、何か生きているという実感が失われてしまったというわけだ。

映画「マトリックス」の設定などを見ると秀逸だ。人間は脳内の電気信号で操られているという荒唐無稽とも言える話だが、確かに今のわれわれは電気信号だけで世界を認識しており、この世が夢であるということを完全に否定することもできない。

身体と世界を取り戻すためには走って登って歩いて外に出るしかないというわけだ。

 

まあ、そんな哲学的とも言えることを考えて私も日々走っているわけではない。

なんとなく今できることを全力でできる喜びがあるから昨日も走っている。