クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

ランニング

最近、運動不足なので自宅から新宿まで走ってみた。事前にGoogleマップで確認すると23kmあるらしい。 中央線沿いに走ると三鷹とか吉祥寺とか聞いた名前はあるものの、駅前に近づかなかったので、町としての印象は特にない。というか日本の町には本当の意味で…

たこ足シューズ

いつも玄関に3足のランニングシューズが転がっている。足は2本しかないのだから6つも転がるシューズは過剰だし出入りには邪魔である。なぜそんなに必要なのだと言われればそれぞれ用途が違うのだが、使い分けるほどのランナーかと聞かれれば反論できない…

今更のランナー

去年の6月に「いわて銀河チャレンジマラソン」の100kmの部に出た。今更の話ながら、出場するまでについて書きたい。なぜ今更かという理由は読めば出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない。 なぜ100kmマラソンにエントリーしたかと言えば、ノリとし…

走ることについて-5

スポーツには不思議な距離がある。 野球の投手と捕手の距離、塁間など不思議だ。投手の球は打者の眼が捉えるギリギリで投じられ、走者が盗塁を奪うか捕手が刺すかもギリギリに設定されている。グラウンドを「ダイヤモンド」と例えるのはなかなか秀逸な表現と…

走ることについて-4

2017年の梅雨入り前、私は花巻の宮沢賢治記念館に行った。 宮沢賢治は『注文の多い料理店』などの不思議な世界に引き込まれる雰囲気が好きだが、かと言って特に筋書きに思うところはなかった。なぜ無闇に教科書などへ採用するのか理解に苦しむ。強制的に読ま…

走ることについて-3

私はわりと過去の記憶がいい。なんでもない景色、エピソードをよく覚えていて、家族や知人に驚かれる。ただ、それは比較的無口で、独りでいるときに過去の出来事を昔漬け込んだ梅干しを床下から取り出すように味わっていたからかもしれない。 走る記憶として…

走ることについて-2

競技として以外で走ることについて言葉にして語っている人は珍しい。何かの文章で日本人はテニスをしても、相手を打ち負かすことに熱中してしまい、球を打つ楽しみを持たないと読んだ。全ての日本人にあてはまるわけではないが、スポーツと称する以上は目的…

走ることについて-序

大学受験浪人が終わった次の日、走ろうと思った。特に理由はない。数年を受験勉強に費やしやることが思いつかなかっただけだ。 それから断続的に10年以上走り続けている。 なぜ走るか。聞かれても大した理由はない。 登山のスタミナ維持、体力増強、単に健康…