アメリカの学校では毎日国歌斉唱があった。日本の入学式みたいなご大層なものではなく、1日の始まりのチャイム代わりに左胸に手を当てて国歌を歌うだけで、まあ朝礼代わりみたいなものだ。
そして歌が終わると「合衆国に忠誠を誓います」というようなことをみんなで唱える。とはいえ私はまだ7歳で難しい英語はわからない。ネイティブの子だってわかっていたかは謎である。
アメリカという国は何かと国旗を広げる国だなというのも印象的だった。個人の家には大抵、国旗を掲げるための巨大なポールがあって、ポールの先端には黄金のイーグルがいたりした。日本では国旗をどこで買えば良いかそれすらパッと思いつかないのだが、向こうではスーパーやら雑貨屋やらいたるところで国旗が売られていた。父もなんとなく買っていた。さらに州旗なんかもあり、州のオリジナルキャップなんかもあって面白い。
自然に国旗が好きになる環境は日本ではあまり考えられない。
‘I love my country the United States!’
そんな歌をよく聞いた。アメリカの50州を覚えられる歌。日本に都道府県を覚える歌があれば島根や鳥取も知名度が少しは上がるかな。
当時私は平日をアメリカの学校へ、土曜日は日本人学校へ通っていた。
日本人学校には基本的に日本人しかいないと思われがちかもしれない。しかし、そこでもちょっとした不思議に直面する。
「今はとりあえず日本人ってことになってるけど、そのうちアメリカか日本のどっちか選ぶんだ」
聞けば両親は日本人だが、彼はアメリカで生まれたらしい。当然英語はネイティブだし、日本語も普通にできる。「選べる」というのは私の幼い頭では理解を超えたものだった。何せ私は日本人となることを選んだことはない。
ただ、なぜかそれは国家の境目を自分の意志で乗り越えられる自由な感じがして羨ましかった。
すでに戦闘は始まっていたようだが、1991年の年明けくらいになると、学校でニュースが流されるようになった。
当然英語でブッシュ大統領が演説をし、次に国防長官だかが何か詳細を告げている。日本語でも理解できたかわからないニュースを英語で聞くわけだから何が起きたかさっぱりわからない。ただ、先生たちが真剣な顔をしているので、何か大変なことが起きたことを察するばかりだった。
母親によるとアメリカ人から「日本は金だけ出して何もしない」と言われたそうだ。その後、”Show me your flag!”というフレーズとともに日本は自衛隊の海外派兵に踏み切ることになる。
自由の国というのになんだか唐突なナショナリズムが芽生えるのがアメリカのような気がする。それとも普段は隠れているだけなのだろうか。
幼き日に異国で過ごした最大の価値は何かといえば、これだったかもしれない。国と国の見えない壁を越えるという。