クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

個人的な山服の変遷

ずいぶん涼しくなってきて、駅前の丸井なんかに行っても秋物の衣料が並ぶようになった。関西にいたころはさほど感じなかったが、ファッションはやはり東京という気がする。

大阪人は「東京がなんぼのもんじゃ!」と思っているくせに、朝のテレビ番組では「東京で大人気!」という触れ込みでいろいろ紹介するのだ。たまに関西に降り立つと、どことなく野暮ったくて親しみやすい服装の人(特に女性)が多いように思える。

ファッションなど語る資格のない私がそう思うくらいだから間違いない。

 

殊、山のファッションも関東圏はすごいなと思う。奥多摩の低山や高尾山に行くと過剰装備ではないかというウェアに身を包んだ登山者が多い一方で、そのまま表参道を歩いてもサマになっている若者なんかを見かけることもある。

私が山を始めた十数年前の関西では、山といえばお金のかからない趣味といった感じで、ほとんど普段着と変わらない、というか「普段着よりひどいんとちゃう?」という服装が多かったような気がする。私もその例に倣って始めたのだから、これ以降まさにファッション墓場を徘徊することとなった。今回はそんなこんなな個人的山服史を書いてみたい。

 

1.まずはユニクロより始めよ

ユニクロは、低価格をやめます」という広告が出た*1ように、銀座などの一等地にも店舗を構えている今はユニクロである。それと比べると登山専門ブランドのウェアというのは、知らない人から見ると意味不明なくらい高価だ。冬用ハードシェルなんかはだいたいが40000円から。これはあくまでジャケットだけだから、上下ではスーツより高い。

先日、山道具店で見たマムートで全身をコーディネートするとこうなる。

 ・ハードシェルジャケット 100,000円

 ・ハードシェルパンツ     50,000円

 ・フリース          25,000円

 ・アンダーウェア・上     25,000円

 ・ミッドパンツ        20,000円

 ・アンダーウェア・下     15,000円

 ・ビニー          6,000円

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ちょっと背伸びして買ってみたマムートのダウンジャケット

おおよそ250,000円。これ以外にもグローブに20,000円、フットウェア80,000円、ダウンジャケット30,000円とかを足していくと、500,000円は超えてしまう。「アルマーニなんて目じゃないぜ」なのだ。

今は少なくなったが、当時のユニクロにはスポーツウェアみたいなのが多くて重宝した。本場の登山用品に比べると肌触りなどは少し落ちるものの、山服は汗をベットリ吸わなければ良い。

かくして登山を始めて10年近く、私の山服王者はユニクロだった。アンダーウェアはヒートテック、ミッドウェアはフリースで、下半身はジャージ。使い古していくと毛玉が大量に付く以外はカッコイイ山ブランドに遜色はない。

レインウェアだけは良いものにしないと命にかかわると聞いてきたので、GORE-TEX GTXにした。ただし、それもICI石井スポーツで買った在庫処分品、上下で16,000円。

当時は服装の中にある己自身に輝く若さがあったのだから、表層などどうでもよかったのである。

 

2.今も昔もモンベル

ユニクロ登山者を脱してみようとしたときに目についたのはモンベルだった。特に安いからモンベルという意識はなかった。当時私が実家から行くことのできる山道具の店はモンベルの直営店しかなかったというのが理由だ。

初めてモンベル直営店に行ったのは自転車旅行のためのナイフとストーブを買うためだった。この2つは今でもモンベルのオリジナル製品はない。つまり私はモンベルというブランドを全く知らなかった。

モンベルの門戸をくぐり、目的の品を見ると同時にオリジナル製品も観察した。ユニクロのウェアと比べると割高である。ハードシェルが30,000円もする。当時の私には30,000という数字が天文学的数字、空いっぱいの星と同義をなすものだった。

それでも大学の終わりごろになると、正統派山道具を求めてモンベルを通うようになる。当時の私にとってはモンベルが正統派山服となったわけだ。

 

最初に買ったのはビニー、つまり冬用の帽子で、次はワンポイントのTシャツ。次はパンツ。その次は防風性のソフトシェル。これらは新入社員研修での定番服となり、今でも私の代名詞となっている。

モンベルの素晴らしいところはどれも偏差値55を超えている。Tシャツの素材はウィックロンと呼ばれるオリジナル繊維で、他メーカーに比べても非常に肌触りが良い。今でも着ているが、首回りも伸びにくい。少し難点は生乾きになると非常に臭くなることくらい。パンツのバリスパンという素材も非常に耐久性が高くて、少々くたびれても捨てにくくて困るほどだ。

 

最大の難点はサイズ構成がオジサン向けなこと。これは営利企業としては仕方のないことかもしれないが、「クライマーにこんな体形はいない」というようなサイズ展開が多い。サイズ展開の細かさもモンベルの売りとも言えるものの、私(172cm、58kg)の身体になかなか合わない。

最初に買ったパンツと2番目に買った膝から下の取り外しの利くセパレートタイプは裾が異様に広かった。当時は何も知らないので、「こんなもんか」と思っていたが、3000mの稜線に立つと、風でバサバサと揺れてどうしようもない。浅野内匠頭の袴じゃあるまいし太すぎるではないか。

それでもモンベルでアルバイトをしていた人に聞くと、「Mサイズじゃ不安だからLサイズにしよう」という中高年が結構いるらしい。山に行けば間違いなく痩せるから、自信を持ってMサイズ(身長からするとSサイズ)にしましょうと言ってみたい(そんな勇気はないけど)。

 

最近のヒットは「マウンテンガイドパンツ」。モンベルによるとスリムフィットらしいが*2、私はSサイズのLONGを選択してちょうどだった。ウェストが70cm前後なのでウェストはSで、身長はMサイズなのだ。ところが太ももはMサイズ並みなので結構パツパツで、少し長距離を歩くと足が生地に触れて少し気になる。山の友人も「モンベルはfabricはいいんですけどねー」と言っていた。

まあ学生登山者にとってはリーズナブルで、品質の保証された登山服としては非常に良い。

 

3.マムートはハイソな山服ざんす

私の山服に変化が訪れたのは雪山を始めた頃だった。

初めて本格的な雪山を経験したのは12月の八ヶ岳天狗岳で、早朝のバス停に並んだ時点で相当な緊張があった。この日のためにTHE NORTH FACEのClimb Light Jacketを着ていた。装備も最小限、58Lのグレゴリーのバックパックに詰めて茅野駅に着いたはずだった。

しかし、バス停にはさらなる強者たちが並んでいる(ような気がしていた)。すぐに目につくのは黒いジャケットに蛍光オレンジのパンツ。鮮やかな黄色いバックパックにぴったりとしたピッケルが装備されている長身、痩身の若者だ。「彼はおそらく年若いがベテランのアルパインクライマーに違いない」と勝手に思っていた。私のように夏装備にとりあえずの防寒着を加えた装備ではないのは明らかだった。

その「彼」とはすぐに会話を交わすことになる。今考えると両方とも不安だったに違いない。茅野駅から渋の湯に向かうバスの途中で、雪が散りだした。

「わー!」

声ならぬ声とはこういうことを言うのだろう。少し声が出ていた人もいた。晴れ予報で雪が降りだした。思わず私も隣を見ると、「彼」がいた。

中途をすっ飛ばすと、彼と2日間一緒に過ごし(テントは別)、下山後も一緒に電車で語りながら家路についた。

 

彼に最も影響を受けたとすれば、スタイリッシュな山服である。これまで、とりあえずのユニクロ、身体にあわないけどモンベルを選んでいた私には、彼の山でもこだわるウェアは革新的出来事である。

そのころからマムートに少々凝った。フリースはアコンカグアジャケットで、アンダーウェアやダウンジャケット、パンツもマムートで統一。モンベルに比べるとシルエットが良い。簡単に言うと細身の体に合う。もうバサバサと袴のように揺れることもないだろう。

なぜマムートかというとわからない。たまたまカモシカスポーツにあっただけなのだ。スポンサー契約を結ぶ、プロ登山家・竹内洋岳さんは相当な痩せ型(180cm、60kg前半)というのも大きい。

ただし、価格は軽井沢。先に紹介した通り、スイスブランドなので、どうしようもなく高い。ただし、腕時計と同様にスイスブランドは絶対である。

私はこれでもミーハーなのだ。

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「彼」に影響されて買ったマムート・アコンカグアジャケット

 

4.結局はパタゴニアですか?

 その「彼」とこの後何回か山に行った。八ヶ岳・硫黄岳、金峰山剱岳

彼は徹底したパタゴニア主義者で、「Pが付くメーカーが好きです」と語っている。「Patagonia、PETZL、PlackDiamond」。最後は冗談として、登山のウェアやギアは徹底してフォルムにこだわっていた。前回会った天狗岳の時、彼は全くの雪山素人だったらしい。そのくせ恰好だけは一流アルピニストなのだ。ふざけちゃいけない。というか適当装備でノコノコ行った私がふざけていたのか!?

 

彼に影響されてパタゴニアを意識するようになった。パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードの自伝的著書"let my people go surfing"も読んだ。

断言しよう。品質はモンベルと変わらない。しかし、パタゴニアの製品にはちょっと「おっ!」というものがある。モンベルも最近はバックパックなどで攻めた製品を出しているのだが、パタゴニアとはちょっと違う気がする。「気」くらいで論じないでほしいと言われそうだ。写真の内側に写っているフリーズがパタゴニアのR1フーディニ。フードがバラクラバ代わりになるのが特筆すべき点である。実際のところ、ちょっとだけ物足りない。普通の天候なら問題ないが、暴風となると少し心もとない。ただ、フリースがバラクラバの代わりになるだけでも、物忘れの激しい私には非常なメリットだ。

ちなみに、シルエットが細身なのがモンベルと大きく異なる。私の場合、サイズはXS、パンツは28インチが多い。ちょっと困る点は製品によって少しサイズ感が変わるところ。R1フーディニはSサイズでちょうどだった。ただし、最近はネットでもわりとサイズが厳密に出るので困ることはない。

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内側がパタゴニアのR1フーディニ

 

ここのところパタゴニア率が高くなった。ネットで買うのと、友人たちの口コミが大きい。

ごちゃごちゃ書いておいてなんだが、山服は思いっきり自己顕示欲の発現である。"Because it is there"と言ったマロリーはなんとウールシャツでエヴェレストの頂上直下まで行っている。それに比べて今の登山者は鋼鉄と言わずともかなり頑強な鎧をまとって山に行けるのだ。それがユニクロであろうともである。

そんな幸運を噛み締めつつ私は今日も山服を物色している。

*1:2004年の新聞全国紙に載った

*2:モンベルではレギュラーとスリムタイプのパンツがある