クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

葷酒山門に入る

11月の初め黒部川・下の廊下を行くため、久しぶりにテント泊で山に入った。もう山中は寒くなってきて、後立山の峰々には雪が積もっていたが、山馬鹿はたくさんいて阿曽原のテント場は大盛況だった。

私が着いてから1時間くらいしてテント場に男女3人組のグループが到着して隣にテントを張っていた。3人組みだが、テントはそれぞれ個人用を持ってきたようだ。その中の男性がザックから緑の物体を取り出した。最初は何かと思ったがそれは日本酒の一升瓶だった。

 

山に酒はつきものという人は多い。一方で標高が高いと酒の回りが早いので飲まないという人もいる。一方は呑兵衛の、他方は下戸の理由であり、山はあまり関係ないのかもしれない。

私は呑兵衛側だが、登山を始めた当初はほとんど飲んでいない。用心のためと単に重い、または買うと高いためである。初めて飲んだのは2月の八ヶ岳赤岳鉱泉だった。一緒に行った友人が飲もうと言ったからだ。寒くてもその時飲んだビールは美味かった。

それ以降は抵抗感がなくなり、山でも飲むようになった。

 

山で飲む酒で相応しいのは何だろう。

山に限らず最初に飲む酒はビールと言う人が多い。日本人は世界一ビールが好きなのではないかと思う。アルコール度数が5%くらいなので、悪酔いすることもなく山の酒としては適当だ。

山小屋で聞いた話だが、ビールは山小屋では350cc缶で500円くらいだ。ただ、大きさのわりに重いのでヘリコプターで運ぶにしても料金が高い。ヘリは運ぶ重さで課金される仕組みになっている。普通の缶ビールが500円というと足元を見た商売のように思われるが、山小屋としてはほとんど利益にならないらしい。

私もビール好きなので、荷物が軽ければ山に持参してもよいと思っている。しかし、ビールの厄介なところはペットボトルなどはなくて、もっぱら缶になる。飲み終わると缶が邪魔になるのが嫌なところだ。

持参しても小屋で買っても到着してからの一杯は美味い。景色が良ければなおいいし、一緒に飲む仲間(別にたまたま居合わせた人でも)がいるとなおいい。これを経験すると職場の忘年会などば馬鹿馬鹿しくなってしまう。

4年前の9月に北アルプス・薬師沢小屋に泊まった際、3人で2Lのビールを飲んだ。その山小屋にはビールは350cc、500ccという通常缶とともに1L缶という珍しいものもあった。いくらかは忘れたが、こちらの方が割安なので3人で1缶買ってまずは乾杯。

薬師沢小屋はその名の通り沢に面した山小屋で、黒部川の本流と薬師沢の合流点にある。沢の音を聞きながら、小屋のテラスに車座になって座り、瞬く間に1缶は空になった。私以外の2人は小屋泊まりとあって、スルメやナッツなどのつまみも豊富に持ってきていて、ビールを飲むには最適の環境である。結局もう1缶買って、それも綺麗に飲み干す頃には日が暮れて冷たい風が谷間に吹いていた。

 

山と言えばスキットルにウィスキーというイメージが強い。おそらくアルコール度数が高いので、大量に持って行く必要がないためだろう。

水の美味しいエリアではウィスキーもいい。別に安物でもそれを割る水が最高級なのだから、飲む水割りは最高級品になる。3年ほど前の5月に鶏冠尾根から甲武信ヶ岳に行った時、甲武信小屋で会ったおばさんからウィスキーを頂戴した。なんでも信州の醸造会社の人からもらった特別品らしく、カッとしたアルコールの辛さの中にマイルドな甘みがあった。このおばさんは甲武信小屋では有名(?)な酒飲みで、若いころから小屋で泥酔しては誰かが背負って寝床まで運んでいたらしい。私も付き合って日本酒・焼酎・ウィスキーとちゃんぽんで飲んだところ、当日の記憶は今をもって曖昧なままとなった。おばさんからしきりに「ゆずのカッコいい方の人に似ている」とだけ言われたことを覚えている。

 

山は景色に関しては最高のロケーションなので、そこで最高の酒を飲みたいと思う人もいるだろう。ワインやウィスキーにはとてつもない金額がつくものもあるが、山でそれらを堪能する人がいるのだろうか。

甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根の途中にある七丈小屋には「白州ボトルキープできます」という札がかかっていた。白州は甲斐駒ヶ岳の麓にあるサントリーの工場で作られており、地元のお酒を山で堪能するのはなかなかアジな真似に見える。ただ、これがドンペリニヨンやロマネコンティになるとなんだか成金趣味に見えてしまう。ワイン類は輸送時に振られると良くないというのもある。やはり日本の山なら日本酒がサマになると思うのは私だけだろうか。

冒頭の一升瓶の人のような体力は持ち合わせていないので、日本酒はあまり山に持参しない。たまに寒い時期に小屋で熱燗を飲むだけだ。

3年前の6月だっただろうか。八ヶ岳・権現小屋に泊まった。権現岳から最高峰赤岳に向けてキレットを縦走するつもりだったが、2日目は雨になる見込みだった。とりあえずトレーニングと割り切って訪れた権現小屋は傾いていた。これは比喩ではなく本当に傾いており、寝床に丸いものを置くと勢いよく転がった。傾いてはいたが、小屋の中にはランプがつるされ、夜になるとなかなかいい雰囲気だった。

食事は出ないので、ラーメンか何かを作って食べた。宿泊者は雨の予報ということもあり5人ほどしかいない。食事の後でくつろいでいると小屋番のお兄さんが一升瓶を持ち出した。

「これ振る舞い酒なんでご自由にどうぞ」

そう言ってお兄さんは1度立ち上がった。「では」と言って1人のおじさんが自分のカップに注いだが、後が続かない。遠慮と見たか、お兄さんは「どうぞどうぞ、余ったらもったいないですから」と注ぎ始めた。私ももらった。味は今記憶にないところからすると、可もなく不可もなく。

メンバーが5人しかいないし、呑兵衛はそれほどいないのか、なかなか減らない。お兄さんは時々一升瓶を傾けていたが、結局4分の1も飲まなかった。

ドーンと飲んでくださいとなると案外飲めないようだ。それと、この時の小屋はやけに静かで宿泊者同士の会話も少なかった。山で飲むにも若干の喧騒があった方がいいのかもしれない。

 

冒頭の一升瓶の人は日本酒の他にロング缶のビール、酎ハイ類を6本も持っていた。合計すると酒類だけで5kgにはなるだろう。足場の悪いところもあるルートなので、酒の重みでふらついて遭難したら目も当てられないのだが、頑丈そうなその男性は75Lの大型ザックを満杯にして来たのだという。ここまでになると、呆れるというより、その執念に敬意を表したい。

2年前の3月屋久島に行った際、私は酒類を一切山に持ち込まなかった。楠川という海に面した集落から山に入り、最高峰の宮之浦岳を経由して再び海に下りるというルートを計画しており、距離が長いのでできるだけ快速で移動したかった。

1日目は屋久島名物の雨でずぶ濡れにされ、2日目は何とか降らないものの、空は時々青い部分を見せるが、概ね不機嫌そうな表情を浮かべていた。2日目は高松小屋に泊まった。地図では避難小屋となっているが、傾いていた権現小屋よりしっかりした作りで、立派な山小屋だった。私はわりと早い時間に着いたので、入口近くの2階にマットと寝袋を敷いた。3月のまだ寒い時期とはいえ、さすがに人気の屋久島だけあって、昼過ぎからはひっきりなしに登山者が到着して、見る見るうちに寝床は埋まっていった。私のいた2階にも2人の50代と思われる男性が入ってきた。

夕暮れ迫る頃、隣の男性が私に訊いた。

「他に3人仲間がいるんだが、ここに集まって晩御飯食べていいですか?」

特に断る理由もないので「どうぞどうぞ」と言うと、彼と同年配の男性ばかり3人が梯子を上がってきた。そして、総勢5人のオヤジたちの各々袋からは酒とつまみ、フリーズドライの袋などが続々と登場した。

「兄ちゃんも飲むか?」

どこかで私もその言葉を期待していたのかもしれない。ありがたく輪に加わった。このメンバーは岡山からわざわざ車で鹿児島まで行き、フェリーで島に渡ったという。なんだか学生の旅のようで素晴らしい。

それにしても山中に何泊するつもりかというくらい酒・食料を持参している。1人のオジサンなんかはフリーズドライの炊き込みご飯の袋を3袋も余らせていた。「足りるか不安やった」と言っていたが、一方で「こんなに持ってきたから疲れたんや」とも呟いていていた。

「余ったら明日重たいからもっと飲んでや」

と言われて屋久島の芋焼酎・三岳をゴボゴボと私のカップに注いだ。注いだのは焼酎だが、前日ずぶ濡れにされて寒さに震えた私の心にも何かが注がれたのは間違いない。

 

 

「葷酒山門に入るを許さず」と言う言葉がある。禅寺に修行の心を乱す不浄な葷酒を持ち込むことを禁じる文句だ。

登山者は山と下界を行き来する者である。人が山に入れば「仙」になり、谷に下りれば「俗」となる。仙と俗を行きかう登山者には架け橋となる葷酒は時々必要なのだと思う。

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