クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

駅弁賛歌

自動車を使わない登山になると自然と鉄道の旅となる。翌日が仕事となると特急で早々と帰宅したいが、余裕があれば鉄道の旅を楽しむのも一興だ。1人でぼんやり外の山々を眺めながら車内の人間観察をするのも悪くはない。

鉄道旅の多少の問題は食事である。登山のたびにいろいろ乗ったが大糸線中央本線身延線電鉄富山などは一部が単線なのですれ違いのための停車が長い。停車が長いと途中で腹が減って難儀する。

都市の駅では多彩な駅弁が売られているのだが、ローカル駅ではキオスクくらいの売店で菓子類と飲み物を除けばパンかおにぎりくらいしかない。こちらは山から下りたばかりなので、行動食にしていた柿の種やクッキーは食い飽きている。時間があれば駅前で店屋を見つけて済ませるが、余程栄えている街でもないとラーメンかうどんくらいしかない。どうしても下山直後はタンパク質が欲しくなるのでカツ丼なんかを食べることが多いが、名物でもないもので腹を満たすのはなんとも無念である。

 

ローカル線の駅に土産物屋などが付いている場合、駅弁が売られている。乗車時間が長く、駅前で名物も見つからない時は駅弁を買って乗り込むことがある。値段は大概1000円くらいして決して安くないが、多少長い山行の後にどうしても何かを食べたい時は旅の贅沢に買うことがある。

さほど頻繁に買うこともないので、鉄道マニアや駅弁マニアに怒られそうだが、今回はちょっと駅弁について綴ってみたい。

 

Ⅰ 上高地

上高地からは新宿までの直通バスが出ている。一度夏に乗ったところ中央道の渋滞にはまり、思わぬ空腹を味わった。その時は隣の席のおばさんが「先は長い!」と言ってパーキングエリアでたこ焼きか何かを買ってくれて大いに助かった。そのおばさんとはなぜか会話が弾んで長い道中を5時間くらいしゃべっていたのだ。自分で買えよという気もする。

5年前のゴールデンウィークに涸沢にテント泊して奥穂高岳に登ったが、その時は以前の教訓から上高地で弁当を買ってバスの乗り込むことにした。バスターミナル至近の売店では14時になると弁当が半額になると前日聞いて、「今より半額!」の声を聞くや否や購入した。正確にはいくらか忘れたが、正規の価格は800円くらいで河童巻き2つ、おこわご飯、鮭の切り身、山賊焼き(鳥の胸肉の唐揚げ)と野菜の煮物が入っていた。絶品といかずとも、山から下りて魚や肉、野菜が食べられるのは嬉しい。もっともこれが正規の価格だったら購入したかは怪しい。ちなみに、この時はゴールデンウイークの大渋滞にはまり、3時発のバスが新宿に着いたのは夜11時を過ぎていて、この弁当がなければ途中で空腹のため動けなくなっていたかもしれない(サービスエリアで何も買わない前提)。

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その3ヶ月後、私は再び上高地に来ていた。その時は島々から徳本峠を経て霞沢岳に登り、上高地に下山するというクラシックルートに来ていた。上高地からの帰りのバスは前回と同様であり、再び半額弁当を狙うのも前回同様である。今回は前回と同じ弁当はなく、一つ上の高級グレード版にした。お重になっていて、ご飯とおかずが別々になっている。後から写真で見比べてみると、内容はほぼ変わらない。

・県内産豚リブロース

飛騨牛の河童巻き

・山賊焼き

・地採り山菜

・信州サーモン粕漬

という内容になっている。

豚や牛が高級グレードには入っていた。これは友人と2人帰る車中でのんびり食した。アツアツではないので感動するほどではないが、信州名物を帰りに食べるのは嬉しい。なんというか山を堪能し、食も堪能したと感じる。「信州を堪能しつくしたぞぉ!」という気持ちでいっぱいなのだ。

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Ⅱ 小淵沢

八ヶ岳は関東エリアに住む登山者には大変便利な山だ。早朝に出発して山中泊できるぎりぎりがこのあたりになる。八ヶ岳に登るには茅野駅を利用するのが便利なのだが、茅野には駅弁があまり売っていないのが少々の恨みである。結構立派な土産物屋なんかがあるのになぜか駅弁の種類はあまりない。一度「信州名物野沢菜入りかつサンド」を買って帰りのあずさ号で食べたのだが、これはカツの甘いソースと野沢菜の塩気と渋みでなんともフクザツな味になっていた。写真もあるのだがフクザツな思いをしたのでここには載せない。

 

代わりに小梅線と中央線の交流点となる小淵沢は駅前に丸政の直営店が出ていたりして多彩な駅弁を買うことができる。丸政は駅弁を出しているメーカーで、少々高いがネーミングセンスに惹かれて何度か買ったことがある。

八ヶ岳から下山して天むす弁当なるものを買ったことがある。天むすは名古屋名物なのだが、なぜか小淵沢にあった。信州名物でも入っているのかと期待して食べたら、おむすびの中身はやっぱり海老天で、なぜ小淵沢で売っているのかはついにわからなかった。小さなむすびで5つ入っていたが、すべて海老天なので最後は少々食べるのが辛くなった。味はまずまずといった感じ。


次に小淵沢駅を使ったのはその翌年2月に黒戸尾根から甲斐駒ヶ岳に登って下山した時だった。この時は十分に腹が減っていたので、満を持して「元気甲斐」という弁当にした。弁当の中身は知らなかったがこの名称だけは知っていた。原田宗典さんがエッセイの中で、コピーライターのアシスタントをしていた時にこの弁当のネーミングを「ボス」が依頼され、一緒に考えたことがあると書いていた。結局、原田さんや他のアシスタントもいろいろ考えたがロクなものを思いつかず、「ボス」が「元気甲斐」という名称を出した時は流石だと感じたという。「ボス」はさまざまなネーミングやコピーを生み出した岩永嘉弘だ。

さて、弁当の内容だが、これも二段構成のお重になっていて、お品書きまで付いていた。少々多いが書き出してみる。

一の重は、

・胡桃御飯

・蓮根の金平

・山女の甲州

・蕗と椎茸と人参の旨煮

・蒟蒻の味噌煮

・カリフラワーのレモン酢漬

・ぜんまいと揚げのごまあえ

・セロリの粕漬

二の重は、

・栗としめじのおこわ(銀杏・蓮根入り)

・鶏の柚子味噌あえ

・わかさぎの南蛮漬け

・山牛蒡の味噌漬け

・アスパラの豚肉巻

・沢庵

先程の上高地の弁当と比べると品数も多く、調理法も凝っている。ただ、彩りは人参を除くと白や茶、黒が多く少し見栄えはしないというのが正直な感想。食べると繊細で柔らかい味の和風弁当という感じで、それなりに美味しかった。

ただ、「それなり」というのは食するこちらの問題で、山で質素な食事に耐えていると、下山した時にはもっとジャンクな食べ物のほうが美味しく感じるからである。

この時の写真は食べるのを焦ったせいかピンボケしてしまっている。帰りのあずさ号で食べたが、お重型の弁当はテーブルのある特急列車でなければ食べることができない。時間さえあれば鈍行で帰ることもある私としては特急に乗って、駅弁とビールを買うのは最高級の贅沢に該当する。最高級の贅沢を前に手が震えるのは当然なのだ。

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Ⅲ 松本

松本駅に着くといつも気になるのが、「まつもとー、まつもとー」という女性の声のアナウンスだ。千葉マリンスタジアムの選手コールみたいに、奇を衒ったわけではないがどことない特徴がある。

松本は交通の要所なのだが、県庁所在地ではない。一度松本駅から長野駅へローカル線で向かったら、とんでもない路線だった。普通の路線なのだが、途中で列車がスイッチバックするのだ。スイッチバックとは列車が急勾配で一気に坂を登り切れない場合に、列車が一旦バックしてから登るようすることで、列車がZ字に動くことで、坂を登りきる。この分断された地方都市は高崎と前橋の関係にも似ているような気がするが、駅弁の話には全く関係はない。

松本駅は山登りをする人間にとっても要所なので、よく利用する。特に特急あずさの始発駅なので、駅弁を買って乗り込むには最適の場所だと言える。駅弁屋みたいな専門店が構内にあって、いろいろ買うことができる。

 

昨年北アルプスを4泊5日で縦走し、上高地から松本に降り立った。5日間の縦走は初めてだったので、下山すると無性に肉が食べたくなった。縦走時の食事はビールを除いて持参したのだが、ソフトクッキーやナッツ類はもう食べ飽きていたし、身体がタンパク質を要求していた。

駅のコンビニ兼土産物屋で物色し、「信州すき焼き弁当」というものにした。これまで松本では駅前で山賊焼きかたこ焼き(なぜか駅前に威勢の良いたこ焼き屋がある)とビールを買って乗り込んでいたが、この時は昼食時だったので、弁当をつまみ替わりにした。

味はというと「まあこんなもんだろう」という感じ。チェーン店の牛丼より上品だが、まずまず想像通りの味。ただ、山から下りて肉を食べてビールを注ぎ込む瞬間は至福である。中央線からは天気が良ければ左に八ヶ岳、右に甲斐駒ヶ岳が見える。

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駅弁についてダラダラ書き始めたら思いのほか長文になってしまった。最後はつい先日食べた駅弁について書いて締めくくりたい。

 11月はじめに黒部川・下ノ廊下へ行った。下ノ廊下は2度目だが今回は1人なのでもくもくと歩いていたら予定より1時間以上も早く黒四ダムに着いた。天気も雲が広がり時折小雨も降り出したのですぐに信濃大町まで下りた。信濃大町駅には13:05の定刻にバスは着き、駅にはすでに電車が停車していた。電車は10分後に出発するようだ。単線区間のローカル線なので次は1時間後になる。売店で土産の温泉まんじゅうだけ買うとすぐに電車に乗った。

当初は昼食に駅蕎麦を予定していたので食べそびれてしまった。行動食にしていたピーナッツやソフトクッキーはあるが、下山してしまうともう食べたくない。山で汲んだ水をガバガバ飲んで腹を誤魔化すことにした。

松本駅に着くころには電車はやけに混み始め、そのうち忘れていた空腹がもう一度騒ぎ出した。松本駅からの特急スーパーあずさ号は20分後だ。私は風のように階段を駆け上がると駅弁コーナーに向かった。

駅弁というのは改めて言うのもなんだが高い。立地の問題もあるが、料亭の出す仕出し弁当並の価格のものもある。それと高い弁当ほど上品でカロリーが低そうだ。これは高級弁当の購買層の年齢が比較的高いせいかもしれないが、空腹状態の私は低年齢向け低価格と思しき「鳥そぼろ弁当」にした。それでも870円した。

スーパーあずさ号が停車し扉が開くや私はザックを棚に載せ、座席に付いたテーブルを倒し弁当を置いた。何もそんなに切羽詰まらなくてもよいと思う。そう思いつつも迫る空腹に勝つにはこの弁当を平らげるしかない!ともはや腹が減って何を言っているのかわからない。

とにかく私は付属のお手拭で手を拭うのもそこそこに弁当の蓋を開けた。山から下りて肉肉しい感じが嬉しい。ゆっくり食べようとそっと左側の卵が載った部分から箸を入れる。味はというとほぼ予想通り。ホカ弁よりは味が優しく上品だ。サラダは醤油風味の和風ドレッシングをかけて食べるようだ。これが意外と美味しい。弁当に生野菜と言えばミニトマトくらいが相場だが、しっかりと葉物野菜が入っていてドレッシングの酸味がなんとも心地よい。真打鳥肉もまあ「こんなもんか」な味だが、なかなか分厚くて歯応えがあった。

結果的にはスーパーあずさが発車する前に食べ終わってしまった。

 

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 よくJRや百貨店が「駅弁祭り」と題して全国の駅弁食べ比べイベントを都内で開催している。地方に来た観光客に売るより東京のイベント会場で売った方が大量に売れるのだろう。

ただ、都内に居ながらにして食べる駅弁など美味しいのかと疑問に思う。駅弁は各地の業者が趣向を凝らして地元の食材を独自の調理法で製作しているのだが、どうしても冷めていて絶品とは言い難い。

私は地方に行った帰りなどにその土地の思い出を惜しむために駅弁を食べる。駅弁は土地土地の匂いとともに食さなければ味は半減してしまうのではないかと思ったりする。