クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

大人の嗜み

せっかくの年末年始休みに入ったのに、今年は親戚廻りに忙殺されて山に行けそうにない。

なんだか悔しいので日帰りでパパッと雲取山を往復してきた。年末最終出勤日に納会さえなければ翌朝発で八ヶ岳甲斐駒ヶ岳に行けたので、今は親戚廻りより納会が憎い。


この納会というやつは会社恒例の行事で、従来は出前の寿司に缶ビールくらいを会議室で楽しむというくらいのものだった。ところが数年前から寿司に加えて鰹のタタキや焼豚やら、焼酎、ワイン、日本酒が加わってやたらと派手な様相を呈し始めた。飲み物、食べ物が豪華になるなら結構ではないかというご意見もあろうが、さにあらず。社員だけでなく取引先の人にも解放したことで、準備も片付けもグレードアップした。さらに今年に至っては社内と社外の割合が拮抗してしまい、下働きをする社員はひたすらサービスばかりしていて、もはや社員の慰労のためにやっているのか取引先接待のためかわからない。


そんな愚痴はさておき、会が終わり、酒を注いだり水割りを作ったりしていた私の持ち場の近くで今年新任の役員と来年30になる後輩が雑談を始めた。テーマは腕時計についてである。その役員が言うには夫婦で持つ腕時計のメーカーは揃えた方が良いらしい。あと買う時は銀座あたりの直営店に行くべきだと。断じてドン・キホーテとかAmazonで探してはならない。まあ他の一流企業でも役員をやっていた人は言うことが違う。

ただ、その後の話がなかなか興味深かったので紹介したい。


その役員は最初、某一流商社に勤めており、時々ニューヨーク出張なんかがあったそうだ。そしてニューヨーク出張の楽しみに目抜き通りにある腕時計のブランド店(聞いたけど忘れた)に行っていたらしい。

銀座もそうだが、ニューヨークのその店も入口にはスーツを着た体格の良いガードマンがおり、扉に近づくとさっと開いてくれる。ガードマンとはいえ、ブランド物の40万円くらいするスーツを着ているらしい。

次に店内に入るや店員が駆け寄り、「何をお探しでしょうか?」と尋ねてくる。そんな時は慌てず騒がず「ビジネス用を」とか適当に答えるとあれやこれや色々な種類を見せてくれる。ただ、おいそれとは買えない。数十万円はする代物ばかりなのだ。

ただ、「うーむ」とだけ言っているとただの冷やかしになってしまうので、頃合いを見てこう言う。

「どうも気に入ったものがないな。代わりに友人の餞別用のボールペンを見せてくれないか?」

今度はボールペンを見るわけで、ボールペンと言えども3万円くらいする。結局ボールペンだけ買って店を後にするわけだが、店の前まで店員が商品を捧げ持ってついてくるのがなんとも気持ちがいいものらしい。


その話を聞いた私は心中「うーむ」と唸ってしまった。早い話が全然共感できなかったと同時に、そのようなことに重きを置く価値観があるのだなあと思ったわけである。まさに大人の嗜み。

私なんぞは夏は沢遊びができて冬は雪の稜線を歩けたら満足で、これは子どもの探検ごっこの延長みたいなもので、子どもの嗜み。単に幼稚なだけと言える。

ただ、この「大人の嗜み」と「子どもの嗜み」の違いに何があるかといえば金がかかるかかからないかで、発想の次元は変わらない気もする。前者はちょっと威張りたいだけで、後者はごっこ遊びの延長だ。どちらが高次でどちらが低次というわけではないだろう。

そう、大人の嗜みの方が高尚というわけではない。嗜みの方向性が違うだけなのだ。