クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

日本のものづくり

先々週の長野旅行では有名な時計メーカーを見学した。一応はビジネストリップであり、ビジネスに対する深い見識を身に着けるためのプログラムと思いきや、ただの工場見学で大いに楽しかった。

見学したのは正確無比、精工(おっと!)な時計を作り、世界に名を轟かせるメーカーで、工場は時計は時計でも高級腕時計を作る工場だ。工場と聞いていたので、ラインがあって、ベルトコンベヤーで製品が流れてくるのかと思ったら、真っ白な作業服に白いキャップを被った作業員がデスクの前に座っていて、みなさん黙々と組み立てを行っていた。作業室と廊下はガラス窓で隔てられていて、見学者は窓越しに作業を見ることができる。もともと見学できるように設計された工場らしい。

デスクは白い広めの事務机で、作業によって顕微鏡を使ったり、ルーペを使ったりしている。電気工作キットを組み立てているようなものではあるのだが、ネジなどは家具に使われるものの10分の1くらいのサイズに見える。落としたら絶対に見つからない。床には埃が時計に入らないように空気を吹き上げる装置が付いていて物を落とすと確実に吹き上げ口に落下してしまう。

集中力を要するのは当然で、工場内は恐ろしいほど静かである。

 

昔、高校時代の技術の授業ではんだを使って抵抗器を付けるということをやったことがある。たった2ヵ所くらいなのに机から落っことしてなくしてしまった。それ以来私は精密な作業に苦手意識を持っている。

それから数年経って社会人になると、何の恨みか設備の取り付けをやるようになった。具体的にはガス器具やら水栓器具やらで、不器用な私がやったのだから今でも無事にくっついているか不安になる。

ある時、お客さん宅から瞬間湯沸器の修理を頼まれて一度事務所に持って帰ったことがあった。瞬間湯沸器というのは台所にある、丸いボタンを押せばお湯が出るという実に単純な仕組みであるのだが、あの40㎝くらいの躯体には結構いろいろな部品や安全装置が付いている、まあよくできた機械なのだ。

よくあるのはダイヤフラムというゴムパッキンが劣化してお湯が出なくなるというもので、ゴムさえ交換すれば簡単に直る修理だ。器用な人ならある程度部品を外せば隙間に手を入れて簡単に交換できるものの、私は上から一つ一つ部品を外さないとできなかった。一つ一つ丁寧に外し、順番に並べて、部品を交換してから再び取り付けると、ネジが余って頭を抱えた。試しにボタンを押すと変なところから小さな火が出た。(事務所の安全な場所で作業は行ってます。念のため)

 

それはさておき、腕時計は湯沸器の何十分の1のサイズで、部品の点数も比較にならないくらいに多い。見学者たちからは「俺、この仕事できる自信ない」という偽らざる本音が出ていた。ネジくらいならともかく、ダイヤモンドなんかを手作業で時計に埋め込むセクションもあって、自分がその作業員なら確実に1日に2、3個くらいはなくしそうだ。

この工場の真骨頂は手作業技術にあるらしい。文字通りの"manufacturer"で、'manu(手)'ですべてを作り出していて、日本人の手先の器用さを前面に押し出している。

最も高い時計は3000万円で、実物が展示してあった。時計の中に超小型の鈴(りん、おわん型の仏具)が入っており、その鈴を鳴らす回数で時を報せるという。

「3000万円ですか。これ着けて電車に乗れないなぁ」

「これ着ける人は電車に乗らないでしょう」

「確かに、ははは」

と、まあ庶民的な会話を交わしつつ見学を終えた。

その後は商品紹介などを聞いた。見学は中年のオジサンが多いせいかみんな熱心である。別に本業に活かそうという魂胆ではなく、単にこの年代は腕時計が好きなのだ。

 

さて、工場見学の感想。

この工場では部品の製造、組み立てから包装に至るまでのすべてをおなじ事業所内で完結している。いわゆる垂直統合型のビジネススタイルで、「ここの部品はもっと小さく」などという改善を内部で行うことができる。自動車のような大型機械とは違って、小さく繊細で、物理的にも小さな要請が多くなればこその形態だろう。

日本の産業の基本は垂直統合型である。海に隔てられているから簡単に技術もモノも持ってくることができないし、戦前は先進国である欧米が遥か彼方にある。幕末に咸臨丸を自力で作って太平洋を横断したように、自国内ですべてを解決してしまうしかないのだ。

パソコンやITの世界でも垂直統合型かオープン型かで覇権を争っている。前者はAppleで、後者はMicrosoftGoogleで、iPhoneiPadで席巻したAppleに対してここのところオープン型が攻勢を強めている。賛否はあるものの、機械式腕時計のようにほとんど工芸品に近い製品は技術の拡散が難しいから、こうするしかないのかもしれない。

ただ、人材採用については国内でとりあえず採用して、適性を見ながら配置するという昔からの方法を採用しているらしい。この方法は国内に人材、単純に言えば子どもがたくさん生まれる環境だったからこそできることで、今のように少子化が進めば必ずしも適性のある人材が見つかるとは限らないだろう。

すごい技術を持っているだけにその技が継承されるかやや不安である。

 

そんなこんなでいろいろな思いが浮遊する実に有意義な「大人の社会見学」だった。