新入社員のころ蕨市のフィリピン・パブに行ったことがある。
確か歓迎会だか何だかだった気がするのだが、よく覚えていない。浦和あたりで飲んだ後、二次会に行こうという話になって行ったのがそのフィリピン・パブで、中は陽気な笑い声と安っぽい香水の匂いで満ちていた。喧騒の中でフィリピン人のお姉さんが私に訊いた。
「この中で誰が一番偉いの?」
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先日、映画"CATCH ME IF YOU CAN"を見た。
レオナルド・ディカプリオ演じる青年詐欺師が、パイロット・医者・弁護士を詐称しながらトム・ハンクス演じるFBI捜査官が追うという物語。さすがはスピルバーグという感じで、親子の物語、スピード感のある展開、気の利いた台詞となかなか楽しめる映画である。
それにしても、この映画の最大の皮肉は人々が肩書にはあっさりひれ伏してしまうところだ。無職の青年がパイロットの制服に身を包んだとたん、周囲の目の色が変わる。FBI捜査官たちが探していたのは「偽造小切手」の作成人だったわけだが、映画を見ている人にとって魅力的なのは次々に肩書と姿を変えるディカプリオなのだ。
パイロットも医者も弁護士も偉い。どれも人の命を扱うからで、逆に言うと他人の弱いところをつつく職業である。
ただそれだけではないと思う。皇帝の玉璽のように、三種の神器のように、水戸黄門の印籠のように肩書が示す威光に人々はやられているだけなのだ。それは、医者になることがどんなに困難か、という問題ではなく自分にはないもの、絶対に手の届かないものを持っているということに対する反射的な恐れであり、憧れである。
その憧れを嘲笑うかのような詐欺師に酔いしれるのがこの映画の本質だろう。
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件のフィリピン・パブで尋ねられた私は困った。
一緒にいたのは、「課長」「社長」と呼ばれる人たちで、ひょっとしたらみんな名前で呼ぶだけで肩書の付いた人が他にもいたかもしれない。同じ会社なら社長が偉いと言えばいいのだが、3社くらい混じっていて、しかも誰がどこの所属か正確にしらない私は考えあぐねてしまった。
結果、一番薄汚れた格好をしているが、「社長」と呼ばれているおじさんを指した。フィリピン人のお姉さんは怪訝な顔をしたが、そのおじさんに「フルーツ食べていい?」と訊いた。*1