久しぶりに映画を見た。
数年前にインドの寺院でカレーを振る舞うドキュメンタリー映画を見た以来だっただろうか。
見たのは映画『アルピニスト』である。
主役はマーク・アンドレ・ルクレール。1992年生まれ、カナダ・ブリティッシュコロンビア州出身のクライマー。彼を2年間にわたって追ったドキュメンタリー映画である。
率直に言おう。ぶっ飛んだ。
映画のキャッチコピーに「命綱無し」とある。クライミング用語ではフリーソロと呼び、日本語では「単独素登り」を指す。しかし、通常は硬い岩をロープを付けずにフリークライミングで登ることで、映画のポスターになっているようなアイスクライミングでは言わない。
いや、言わないのではない。そんなことをするクライマーはいないのだ。
アイスクライミングは両手に2本のアックスと両足に前爪の付いたクランポンを装着して行う。アックスは大振りな鎌みたいな形状で、あたかもカマキリのような恰好となる。
登るのは凍った滝のようなところ。言わば巨大なツララみたいなものだ。上の写真は八ヶ岳にあるアイスクライミングのゲレンデで、これは鉄骨に上から水を流して造っている。
しかし、自然の中に鉄骨などあるわけもない。アルパインクライマーは崖からぶら下がった大きな氷の塊にアックスを突き刺して登るのだ。
当然のことながら氷を登るには大きなリスクがある。
わずかでも足を滑らせたら落ちる。アックスの引っ掛かりが取れても落ちる。
さらに氷は砕けるかもしれないし、雪崩があるかもしれない。どんなに完璧なムーブをしていても、自然は容赦ない。ロープなしということは一切のリスクヘッジを放棄している。シンプルに落ちたらおしまいなのだ。
しかも、よく見ると彼はアックスと自分を結びつけるリューシュ(紐)すら付けていないではないか。アックス落としたらどうするねん。
さらにさらに岩をつかむために素手でアックスを握っている。氷の発達するようなエリアなのだから、気温は当然氷点下。冬山でグローブを外すのはご法度というのが雪山登山の最初に習うことなのに。
マークが臨むのは簡単なルートではない。オーバーハング(90度以上の傾斜)した岩や氷のエリアで時々、足を宙に浮かしたり、素手で岩に触れたりとあらゆる技術を駆使してとんでもない難ルートを攻略していく。
彼は若くしてクライミング界で知る人ぞ知る存在になっていった。(つづく)