クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

旅をしない旅

会社の後輩が「今度マイレージクラブの上のクラスを目指します」と唐突に告げてきた。

何のことかというとANAのゴールド会員で条件を満たすと最高グレードの会員になれるのだという。その条件だが、クレジットカードを一定額以上使うのと飛行機に一定以上乗ることとなっている。

彼は最近家を買った際に家具を買い替え、さらに中古車を買っているので、カード利用額の条件は満たしている。そこで、今度は飛行機の利用条件を満たすべく、飛行機に乗るためだけに沖縄に行くのだという。

目的は飛行機に乗ることだから沖縄まで行ってその日に帰る。なんと泊まらないのだという。さすがにそれはもったいないから、朝の便に乗り、沖縄をジョギングして夕方の便で帰る予定らしい。

鉄道で言えば「乗り鉄」ということになるだろう。

ただ、飛行機では聞いたことがない。鉄道は景色が変わるが、飛行機は雲の上に出ると景色はほぼ変わらない。おまけに座席は狭いし退屈なことは鉄道の比ではない。まあ、目的は会員のグレードを上げることだから、そんなことは関係ないようだ。

 

これを聞いて思い出したのは内田百閒の『阿房列車』。

内田百閒が用もないけどと書きつつ列車に乗ってあちこちに行く。書かれたのは1950年代だから蒸気機関車だ。

用がないと書きつつ、観光したり旨いもの食べたりしているのかと思いきや、名所なんか行きたくないとか書いていて、本当にとんぼ返りだったりする。

それと比べると用もなく飛行機に乗って往復するのは「とんぼ返り」の本筋かもしれない。当時はアメリカに行くにも船だから百閒にも思いつかないだろう。彼に文才があれば『阿房航空』とかの名随筆になるかもしれないのに、まったく惜しい話。本人曰く「文才がない」とのこと。

しかし、あてのない旅というのは聞くけれど、用もない旅というのは「旅をしない旅」のようでなんだか面白い。真似をしてみたくもあるが、ケチな私には到底できそうにない。