世の中、抗菌・除菌だらけ。
冬になってトイレにクレベリンが置かれるようになったがどのくらい効果があるのだろうか。電車のつり革にも抗菌と書かれていたりするが、永久に菌に耐えられるのか?魔除けの札みたいなもののような気がする。あれは「つり革に付いた菌で腹を壊した!」と訴える人がいた場合に「最善の努力を行っています」と答えるため、おそらくトラブル防止のためだろう。
生物は自分以外のものを取り込んで生きているのだから絶えず病気の素を取り込む危険とともにいるのであって、リスク0なんてありえない。
ちょっとくらい腹壊すくらいでいいんじゃないかと考えたりもするが、風邪をひいたりお腹を壊したりの酷い目に遭うたびに細菌・ウィルス類に近づかないでおこうと思うのも人情だ。
ただ最近はちょっとやり過ぎではないかと思ったりする。
最近はないが、腹痛の酷いやつは誰しも経験があるだろう。
思い出すのは会社の同期である。彼とは新入社員時代に2ヵ月間共同生活を送った。と言っても2人で何かをすることはなく、休日となれば私は山、彼はパチンコ屋という対照的な生活を送っていただけだ。
食事も別々だった。私は米を炊き、野菜炒めかなんかを作って細々食べていたが、彼は定食屋で食べてから帰ってきた。家庭内別居の夫婦のようだ。
ある日、その彼が買い物袋を下げて帰ってきた。さすがに外食ばかりで飽きたらしい。慣れない手つきで豚肉を炒め始めた。
「ゴマ油を使うよ。美味しそうでしょ?」
などと言っている。急にグルメぶったり本格派ぶるのが滅多に家事をしない男の特徴。
「ちょっと赤いな。大丈夫かな」
「豚はよく火を通した方がいいよ」
そんな会話を交わした記憶がある。
翌日、同じく同期(女性)の住む茨城に2人して遊びに行ったのだが、彼は入居したての新築トイレから長い間出ることができなかった。
自分の話。
私の記憶に残っているのは大学時代に父親の親戚の家を訪問した時。父の親戚は京都府舞鶴の近くに住んでいる。家の裏がすぐ海岸というところで、海の幸が豊富なところである。
父と2人到着するなり、父の従兄にあたるおじさんが「よう来た!」と言ってビールを出してくれた。酒が茶代わりなのがいかにも日本の田舎。つまみは磯の香りのするツブ貝だ。
一杯飲んでから花とバケツや柄杓を下げて墓参りに行った。立派な墓が多い。それに飾っている花も何種類も入っていて立派に飾られ、海からの風に揺れている。汚れて打ち捨てられている墓がないのはさすがだと感じた。
戻ってから晩御飯ということでまた乾杯。地元漁師から仕入れた舟盛りが出た。舟盛りは長さ1mちょっと、幅30cmくらいの豪勢なもので、宴会料理にありがちな鮪やサーモンのようなどこ産かわからないものではなく(魚に国籍はないが)、鯛や平目、貝類などの地物が多数を占めていた。
その中でも鮑は絶品だった。口に含むと磯の香りがぷんと鼻に抜ける。噛むと海のエキスとほんのりとした甘みが口に広がる。
最初はビールを飲んでいたが、刺身には日本酒。父と私は海辺の田舎を口中で存分に堪能し、隣の座敷に敷いてもらった床についた。
朝は早く目覚めた。家人が早起きなのはあるが、それより腹の痛みで目が覚めた。自分で聞こえるくらいゴロゴロという音が腹の中で轟いている。しばらく布団の中で身体を縦にしたり横にしたりしていたが、痛みはやがて下腹部に移り、我慢できずにトイレに駆け込んだ。トイレから出ると父が代わって入った。それから代わる代わるトイレを借用し、2人ともヨレヨレで親戚に別れを告げた。家を出てからもしばらくは2人とも寄せては引く波のように腹が風雲急を告げ、道の駅やサービスエリアに車を止めた。
ただ、あの時の「あたり鮑」は人生で食べた魚介類で最も美味かったことは腹痛の思い出とともに刻まれている。
学校では「手洗いうがい」を教わるわけだが、本当にそれで腹痛その他の病気を防げているのだろうか。
抗菌・除菌を見るにつけて「ホンマかいな」という違和感を感じる一方、あんな腹痛はごめんだという思いもある。