クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

背負い投げ

そろそろ引越しを考えている。今の住居に住んではや10年以上経つが、いろいろモノが増えた。最たるものは自転車で、1台は玄関、もう1台は部屋の奥で逆さになっていて現在2台ある。パソコンとスマホもここに越したころにはなかったものだ。一方で「冷風扇」という扇風機もどきは壊れて捨てたので今はない。生活用品はむしろ少なくなった気がする。

山道具は雪山を始めたのを機にウェアを中心にかなり増えている。その中でも1番増えたのはバックパック。越してきた時は80Lと30Lの2つ。今は大きいものから順に80L、58L、45L、38L、30Lの5つになった。1回の山行に1つ。背中も1つしかないのだからそれほど要らないようなものだ。しかし、どこからともなくむくむくと物欲が沸いてきていつの間にか増えてしまう。特に山に行かない期間に買いたくなる。

そんな風にして増えてしまった我が相棒のうち大型バックパック、3匹のサムライたち、を紹介したい。*1

 

1.ゼロポイント・エクスペディションパック80

今誰かが80L以上のバックパックを買いたいと相談に来たら、厳冬期にアルプス縦走をやるとかの用途を除いて、お勧めしない。登山の入門書を見ると「夏のテント泊なら60L、冬なら80L以上を持つようにしましょう」と書いてあった。その言葉を信じて80Lを買ったわけだ。

買ったのは22歳という元気な盛りだったので、「体力さえつければ背負える」と思っていたが、重かった。何しろ中身なしで3kg近くある。背中にはプラスチックのようなパネルとアルミの棒が2本入っていて、まるで背負子のような構造である。雨蓋も特大で本・地図・ヘッドライト・財布などの小物を楽々と飲み込む容量があったものの、入れすぎると手さぐりで探し当てられないくらいだった。

 

これくらい大きくなると自分の身体が隠れてしまう。イメージは蝸牛。背中に衣食住を全て詰め込んでいるような状態。

 大学最後の1月、石鎚登山の後に四国の一人旅した時のこと、徳島の景勝地大歩危小歩危に行った。冬なので水量が少なく迫力のない景色を眺めてから、次の目的地である祖谷渓に向かった。バス停で時間を見ると次は2時間後。少し躊躇したが、時間があるので行けるところまで歩こうと思った。おそらく後ろから見るとバッグが歩いているようだろう。車が脇をシュンシュン通り過ぎていく。

歩き始めて5分も経っただろうか。1台の乗用車が通り過ぎた。その車は少し先でUターンするとまた引き返してきた。道を間違えたのだろうか。するとその車はさらに私を通り過ぎてUターンした。

「なんだなんだ!」

車は再び私の脇に来た。50くらいの女性が運転しており、助手席にはその娘と思しき20代の女性がいた。

「どこへ行くんですか?」

彼女たちは祖谷渓の近くにある「かずら橋」へ向かう途中だったが、蝸牛のようにのそのそ歩く私を見て思わず引き返したらしい。2人は東京から旅行に来た母娘だという。そこで彼女たちの車に乗せてもらい、おまけに祖谷温泉に入って昼食までご馳走になった。

蝸牛バッグにもご利益がある。

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鳳凰三山に行ったとき

このバックパックはやたらに重い。「中身を軽量化すればよいではないか」という意見もあるだろうけど、いくらでも入る分、いくらでも入れてしまって結局軽量化は実現しない。しかも、中身を減らすとガバガバになってバランスが悪く、余計に疲れてしまう。

写真は夏に御座石鉱泉から鳳凰三山に登った時で、急な登りで疲れ切った時のもの。1泊2日の荷物は80Lもないので、脇のあたりがたるんでいて、結局軽く感じない。

最後に使ったのは6年前のキャンプで、単に大量の荷物を運ぶキャリアーとしたわけなのだが、そうなるとウェストハーネスが車の中でひたすら邪魔になって仕方がなかった。

かなり初期に買ったせいか悪口ばかりになってしまった。ただ、荷物が入ることにかけては随一なので、災害時にはこれに米を詰めて避難することにしよう。

 

2.グレゴリー・トリコニ60

南アルプスで80Lの荷物に潰されそうになったのをきっかけにようやく荷物の軽量化に乗り出した。気合と体力も徐々に軽量化されたということだろう。

アウトドアライターのホーボージュンさんによると彼は南米を1ヶ月にもわたって歩く装備をすべてトリコニ60にパッキングしたという。わずか2、3日を歩くのに80Lを使っている自分がバカバカしくなる。山道具に関してミーハーな私はグレゴリーを「アウトドアライター御用達バックパック」として崇拝していた。

 しかしながら、このトリコニも重い。80Lのエクスペディションよりましだがこれも2kg台の中盤くらい。軽量化を目指しているのにザックの自重が重いのは気が引けた。

 小川町のICI石井スポーツで、当初はマムートの比較的軽いモデルを選ぶつもりだった。早速店員さんに背負わせてもらったのだが、胸のあたりが妙に気になる。胸板の厚いヨーロッパ体形でないと合わないのではないだろうか。

次にオスプレーのイーサーというモデル。大きさのわりに軽量。ただウェストハーネスが貧弱で少し不安。これまで80L、25kgくらいの荷物を背負っていたので華奢に思えた。

最後にグレゴリーのトリコニを試した。値段が3万円以上するので物は試しというつもりだった。背負ってみると身体に合うという感じがする。なんというか赤ん坊が「もう離さない」としがみついてきたみたいに。私はトリコニを背負ったまま考えた。グレゴリーは「バックパック界のロールスロイス」と呼ばれるほど背負い心地に定評がある反面、値段もロールスロイスよろしく高価。

これまで肩が痛い、腰が痛いのを我慢してきた。グレゴリーがロールスロイスなら、これまではトラックみたいなものだ。迷ったが、社会人になって数年、これくらいは贅沢してもよい気がしてきて、気が付いたら店員さんに「これで!」と言っていた。

 

しばらくはどこに行くにもこのトリコニだった。

寝袋も新調してダウンにすると(これまで化繊だった)夏の2泊くらいは楽々だ。これまで80Lにパンパンだったのはなぜだろう。もはや前の荷物は背負い投げにしたくなる。

これを背負って最初に行ったのは北アルプス槍ヶ岳で、以降夏のテント泊縦走は全てこのトリコニとなり、エクスペディションはほぼお蔵入りとなった。

容量はSサイズなのでトリコニ60という名称だが58L。ただそれでも十分である。厳冬期も1人用テント、シュラフ、ガス缶・鍋、ダウンジャケット、アイゼン、ショベルまで入る。マット、ヘルメット、ピッケルはちょっと無理なので外付け。

バックパックの容量を減らせば荷物も必然的に減らせるものだ。

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北アルプス・徳沢にて

 

3.パタゴニア・アセンジョニスト45

トリコニで冬山を登っていた時、軽量化はほぼ完成だと思っていた。ここからさらに減らすためにはシュラフをグレードの良いコンパクトなものし、防寒着も根性でやや少なくするしかない。もうこれ以上は無理だ。

しかし、4年前、一緒に冬の仙丈ヶ岳へ一緒に行った友人は45Lのバックパックに個人用の全装備を詰め込んでやって来た。「ガチガチに詰めた」というパタゴニアのアセンジョニスト45は比較的小柄な彼女の体躯からしても小さなものだった。こうなると私の58Lなどまだまだ甘ちゃんだ。

彼女によると同じアルパインクラブに属するクライマーによってはアイゼンケースも邪魔なので、アイゼンはダウンジャケットでくるむ人がいるらしい。周囲は「ジャケットに穴が開くからやめろ」と言っているらしいが。

そんなエクストリームな人々に囲まれていると厳冬期装備を夏くらいの容量に納めることも当然となるらしい。

 

この山行の直後にパタゴニアの直営店で同じアセンジョニスト45を見つけた。

エクスペディション80がトラック、トリコニ60がロールスロイスだとすれば、アセンジョニスト45は必要最低限に削ぎ落としたF1。店の棚に積まれたものを持ち上げると、親指と人差し指でつまみあげられた。すかさず店員さんが話しかけてくる。

「いやー、それは結構大きいですよ」

「縦走やテント泊に使おうと思いまして」

どうやらその時私が背負ってきたボロボロの30Lバックパックの買い替えと勘違いしたらしい。その後のやり取りボロボロ君はまだ使うことを店員さんに納得させるには少々の時間を要した。

改めて見たアセンジョニストは45Lということでかなり小さく感じた。しかし、荷物の軽量化はある意味で決意次第のところがある。容量が45Lしかないとなればその分量に抑えるものであり、80Lあれば用もなく荷物を増やしてしまう。私はトリコニを背負い投げにして、この45Lに賭けてみることにした。

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北アルプス・夏の大キレット縦走時

このバックパック、生地はペラペラだが、背中にアルミフレームが入っていて型崩れしない。ウェストハーネスも薄いが、身体に密着させれば重量を支えるのには十分のようだ。

しばしば「大重量の荷物は腰で支えろ」と言ってウェストベルトが大仰なモデルが多く、先の2モデルもその類だった。しかし、このアセンジョニストは背中にしっかり密着させれば重量を支えることができることを教えてくれた。

 

上は夏の北アルプスを黒部湖から読売新道・西鎌尾根・大キレットを縦走して上高地に向かう山行をした時の写真。4泊5日、テント泊・自炊の装備を全て詰めると上部が膨れ上がった。アセンジョニストがうまくできているのは、45Lという表示ながら開口部にレインフライが付いており、上部の容量を少し膨らませることができることだ。夏の写真はほとんど終盤だったこともあり、上部はほぼ閉じているが、冬は下のようになる。

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八ヶ岳・美濃戸口にて

 厳冬期もなんとかこの45Lで対応できるようになった。

なんとも満足、満足なのではあるが、このモデルは現在廃盤になっていて、後継は40Lとなる。40で冬はさすがに無理かも。生地が薄いせいで私の愛用する45Lはどこかで崩壊するかもしれない。果たして壊れた時に次をどうしよう。今は戦々恐々として安易に背負い投げはおろか、腰掛けて休憩もできずにいる。

*1:ここに紹介するバックパックは2019年1月時点で全てリニューアルまたは廃盤になっている