クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

お天気下駄

冬になると週末の天気予報を見る回数が増える。今週末は登山ができるだろうかと、特に計画していなくても見てしまうのだ。

なぜ冬かと言えば、冬は晴れ雨雪といった予報だけでなく風予報が重要で、風が強いとなればスッパリ諦めないと命にかかわる。「さて、そろそろ雪山に行きたいなあ」という時になかなか行けないことも多いので、逆に行ける時は行かなくてはソンではないかと思ってしまう。根が貧乏性なのだ。

 

日本気象協会のサイトtenki.jpを見ることが多い。レジャー天気という中に山ごとの天気と高度ごとの風予報が出ている。

ただし、天気は対象の山の麓にあたる町や村なので若干注意が必要だ。麓が晴れでも山頂付近には雲が発生している可能性がある。私の場合、その山の東と西、冬なら少し北の予報も見る。湿った空気が流れ込んでいれば周囲のどこかで雨や雪の予報になることが多い。上空の風が強ければ山頂付近だけ曇り、下が晴れていることが多く、逆に上空の風が弱ければ、上は晴れていて下だけ薄曇りというケースもある。

天気予報士ではないし、乏しい経験則なのであてにはならないが、冬になると天気予報を眺めては「この週末は登れるな」と感じる日に仕事があって悔しい思いをし、「これは登れない」となると少しホッとしたりする。

 

「冬の単独登山は危険です」と山岳雑誌や登山入門書には書かれていることが多い。事実、滑落の危険も遭難して発見されない可能性も冬の方が夏より断然高い。

ただ、単独で冬山へ向かう最大のメリットは好天を狙って登れることである。何人かで予定を合わせると、予報が急転しても突然行くとか止めるとかできない。その一方で行ってみたら予想外に良くなったり悪くなったりということもある。

4年目の12月に西穂高岳を目指した時は、まさに計画しちゃったから出かけたという具合だった。登山は土日を予定しており、土曜日に西穂山荘に宿泊し、翌日曜日に西穂高岳登頂を目指すというスタンダードプラン。その週は暇さえあればtenki.jpを眺めていたものの、土曜日は曇り時々雪、日曜日は曇りという予報だった。

「行っても無駄かも」と思い始めた木曜日あたりから予報が変わりだした。土曜日は相変わらずだが、日曜日は曇りのち晴れ。早朝に小屋を発つと曇りのまま終わるかもしれない。しかし、下山する時には少し展望が開ける可能性が出てきた。とにかく登れそうではある予報になってきた。


登山メンバーは3人。1人の友人が車を出してくれたので、途中まで電車で行き、駅前で拾ってもらう。車内で雑談しながら車は中央道を通って甲府、松本を目指す。松本を過ぎたあたりだろうか、雪が降り出した。北アルプスの山嶺を白雪が覆っている。路面には雪がなく車は快調に進むものの、この日にこれ以上降ってほしくはない。1人の計画ならこの日は止めただろうか、それとも行っただろうかという考えが去来しているうちに新穂高温泉に到着した。

新穂高ロープウェーを降りると小雪がちらついていた。空が曇っていれば小雪くらちらつくだろう。3人ともフードをかぶって歩き始める。上も下も白。霧は出てないし、トレースははっきりしているので迷う心配はない。風もほとんどない。今夜ドカッと大雪が降らなければ大丈夫だろう。

 

小屋に着いたら早速ビールと雑談。小屋は少し早いクリスマスムードに包まれている。外の空は相変わらず白いままで、「小屋泊まりでよかった」などと口々に言い合った。

日が傾く時間になると、窓を通して外が金色に輝いていることに気付いた。ナンダナンダ。外に出てみると突然西の空の雲が切れ、夕陽が穂高に突き抜けてきた。明日は朝から晴れるかもしれない。

夜、小屋にある天気予報を表示しているモニターが目に入った。高気圧を示す「高」マークは北アルプスを上空に向かっていた。

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翌朝、頂上に向けて夜明けの少し前に出発。

その日の夜明けはいつもと違った。まるで瓶に詰めたように周囲を取り巻く空気に一切の澱みや濁りが混じっていない。東の空は太陽の到来とともに黒から蒼、オレンジに変わり、西の空は桜色に染まり始めた。

小屋を出てすぐに日が蝶ヶ岳方面から顔を出した。光の筋が白い地面をなでるように走っていく。時折舞い上がる雪の粉にあたるときらきらと光をまき散らす。

3人の中で先頭を行く私は後から来る2人を待ちながらも、光の圧倒的な演舞を呆然と見ていた。

 

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西側の笠ヶ岳方面

 

 光の舞いはほんの20分ほどで終わる。その後はいつもさほど変わらない景色が広がるのだが、この日は違った。空に雲がない。ぐるり見渡しても一片の雲もない。この世から雲という物質が消えかのような群青の空の下にただ白い穂高岳が腰を下ろしていた。

「これだから雪山はやめられない」

後ろで友人の1人がそう呟いた。

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4年前12月に登った西穂高岳より前穂高岳方面

「勝負は下駄を履くまでわからない」と言うが天気もその日にならなければわからないことが多い。天気予報も万能ではないし、万能ではないから登山は面白いと言える。

下駄でも飛ばして週末の天気を占おうか。