クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

芝刈り

30年近く前にアメリカにいたころ住んでいたのはメゾネットタイプのアパートだった。壁を隔てて隣と接しているが、2階建てで基本的に独立している。玄関から廊下を通り抜けるとリビングで、その外には青々とした芝生が広がっていた。時々リスやケンタッキーの州鳥であるカージナル*1が姿を現し、夏には蛍が乱舞して部屋に入ってきたりした。

日本の少々の田舎よりも自然豊かで、それでいて世界一の経済大国である。純粋にアメリカは凄いという印象を受けていた。

庭に芝というのは見た目の良い反面、刈る手間が発生する。幼い私には無縁の話だが、近所で巨大な芝刈り機を操作する大人はしょっちゅう見かけたし、母親が「芝を刈らない家はズボラだと思われる」と話していた記憶がある。

 

しかし、ここからの話は芝刈りには一切関係ない。下手くそは芝ではなく地面を掘ってしまうゴルフの話をしようと思う。

今、ゴルフクラブがコートを入れる棚の奥に入っていて処遇に苦慮している。もともと私ではなく父が買ったもので、「もう使わないからやる」と言われて引き受けたものだ。それを持って1度だけコースに出たものの、それ以降やっておらず、棚の肥やしとなって10年近く経った。もう古いので捨てるにしても金はかかり、万が一断れないお誘いがあった場合を考えると捨てられずという状況が続いている。

中学と大学の一時期テニスをやっていたので球技に対して一定の理解はあると思う。ただはっきり言ってゴルフは嫌いなのだ。

 

まず金額が理不尽。

唯一のゴルフ体験の時のお値段は2万円プラス交通費。場所は千葉で、早朝に先輩に車で拾ってもらい、アクアラインを使ってアクセスした。社内のコンペだったのと、気の置けないメンバーだったので、右へ左へわちゃわちゃと歩き回りながら140打以上かかって完走(と言うのかな?)した。結果はダントツのべべた。終わったら風呂入って表彰式があって再び先輩に車で送ってもらった。

結果はともかくそれなりに球打ちは楽しい。テニスと違って静止している球を打つのは楽なのだが、ラケットとボールよりはるかにクラブも球も小さい。

ただ一定のフォームでまっすぐ打てばそれなりのスコアになることだけは理解した。下手くそは打つたびに身体の軸や打点がぶれるので左右のとんでもないところに飛んでいく。それなりに上手い人は安定したフォームで振っている。プロレベルになればクラブの選択からクラブごと、シチュエーションごとの振り方があるのだろうが、100打前後を目標とするサラリーマンゴルフ程度では関係はなさそうだ。

一方で素人ゴルフに体力は関係ない。とにかくまっすぐ飛ばせば、体力差は関係なくある程度練習した者がスコアを出せる。これがビジネスゴルフには良いところなのだ。ボルダリングとかマラソンみたいなスポーツを接待に使えば、実力差はすなわち体力や身体能力の差になって盛り上がりに欠けるだろう。

しかし1日球打ちをして3万円はなかろう。テニスやフットサルなら半日遊んで、打ち上げをしても1万円しない。登山なら2泊3日で山小屋泊まりができる。

キャディーさんへの心づけなんかが必要だったりして、出さないとどんな扱いを受けるのか知らないが、とにかく金がかかるなあと思うと他の遊びを選んでしまう。

 

嫌いな理由の2つ目は成金趣味的な感じ。

父親からゴルフ場へは「襟付きシャツ」行けと言われた。なぜかと言えば「紳士のスポーツ」だからだそうだ。

自分ではプレイしていないが、名門というゴルフ場にも2回行ったことがある。1回は大阪で、もう1回は伊豆だった。両方とも顧客の接待目的。伊豆のゴルフ場は海の見える高台にあり、2つあるコースはいずれも私の知らない有名な人が設計したそうで、プロの大会も行われている。

ゴルフ場にはホテルが併設してあり、ゴルフとホテルの受付が一体になっている。受付棟には黒光りする床、テーブル、上には巨大なシャンデリアが下がっている。ホテルはかなり古いらしく、漆喰の壁はところどころひび割れていて天井は異常に低い。平均身長160cm規格といったところ。

このホテル・ゴルフ場に2日間滞在して接待ゴルフコンペの下働きをした。別にこのゴルフ場に恨みはないのであくまで名前を書くのは控えるが、歴史のある黒い床に立つゴルファーは鹿鳴館に集う紳士淑女のように見えた。タキシードとドレスを来た日本人の鏡に映った姿は猿という風刺画、失礼な話が紳士淑女の猿真似と言おうか。

前夜祭はホテル内のパーティー会場で行い、2次会はすぐ横のフロアで行った。2次会はもくもくと煙が上がり、前ではカラオケという具合でそこに紳士は1人もいなかった。

 

低山ハイキングをしているとよくゴルフ場にぶち当たる。日本のゴルフ場は山や丘に築かれるので、登山に行くと途中どこかでゴルフ場のコースや看板を見かけ、「ここから入っちゃダメざんす」とばかりに金網が張られている。しかたがないのでゴルフ場を迂回する道を探さなくてはならない。

プレイヤーとしてゴルフ場のように芝生に池や林がある中を歩くのは気持ちが良い。しかも迷わないように道しるべも豊富にあり、休憩所も随時ある。アウトドアをやらない人も安心のハイキングコースになっている。

しかし、それは金網の中のいわば箱庭を散策しているようなものだ。の少ない山域から下山してきてぶち当たるゴルフ場は究極の不自然に感じられる。

しかもゴルフ場では異常に虫が少ない。プレイに邪魔な虫は薬で死滅させられている。日本で芝生というのも不自然だ。標高2000mくらいまでは膝上くらいの種々の草や低木が繁茂していなければならない。所詮は擬似自然、擬似ヨーロッパの景色を創り出しているだけなのだ。

登山をやる人間としてはゴルフ場が自然破壊であることとともに、「金網の中の散策とはねぇ」という思いを持ちながら脇を通り過ぎてしまう。

 

さんざんゴルフの悪口を書いてしまった。ただ、何かの拍子に始めなくてはならならくなるかもしれない。セールスによれば「何度も一緒に飲むより1回のゴルフの方が取引先と仲良くなれる」とのこと。「芝刈り」が上手いから取引相手として信用できるわけではないだろうに、日本のビジネスは人脈重視なのだから仕方がない。

「おじいさんは山へ芝刈りに。お父さんも山へ芝刈りに。ぼくも山へ芝刈りに」

事務所で隣に座っていった2歳下の通称「つうふう君」が突然おどけた調子で語りだした。明日、彼は親子3代で「芝刈り」へ行くらしい。

私もいざゴルフをやらざるを得ない時は山へやけに高コストの芝刈りに出かけるくらいの気分で臨むしかない。

*1:和名はショウジョウコウカンチョウ