登山をやっていると憧れの山というものができる。
5年ほど前に甲斐駒ヶ岳の黒戸小屋で休んでいたら、息を切らせて登って来たおじさんが
「定年から山登りを始めて憧れだったんです」
と言っていた。
私の場合、初めて槍ヶ岳に登った時に見た穂高連峰。あのギザギザしたところに行ってみたいと眺めていた。
涸沢出発は4時。
深夜は気温が氷点下となり、日中に温まった雪は氷に変わっている。しかし、クランポンがよく効くこの時間に危険地帯を抜ける必要がある。
荷物はサーモスの山専ボトル900mlと行動食のナッツ類、ダウンジャケットと予備の手袋、サングラスと日焼け止め。
ヘルメットにヘッドライトを装着し、顔にたっぷりと日焼け止めを塗る。ピッケルを片手にテントを飛び出し、スパッツとクランポンを装着。テントを閉めたことを確認して上部のルートを確認する。
正直、最適なルートはいつもわからない。最短で、(結果的に)安全ならすなわち正解なのだ。
涸沢から穂高山荘へはザイテングラードを大きく右から回り込むルートと左から直登するルートが考えられる。右ルートの方が雪崩の可能性は低いとされるが、素早く抜けられる自信があるので左から直登することとする(このあたり妄想登山なので大胆)。
登り始めて1時間半。周囲が明るくなり、穂高の稜線がオレンジに染まるようになってきた。いよいよ夜明けだ。
急ぐ必要もないが、落ち着いたところで日の出が見たいと思う。
穂高山荘からすぐ上が残雪期の奥穂高岳登山における核心部となる。夏なら出ている鎖が埋まっていることもあり、岩も一部氷に覆われている。アイスクライミングとまでいかなくてもクランポンの前爪とアックスのピック部分を積極的に使うことになる。
凍った部分を狙って蹴り込みを入れ、慎重に体重をかけ、ピックも雪面に刺す。「落ちない」と確信を持ってから重心を移すようにする。
ただ、この危険を少し楽しむ余裕を感じるようになってきた。
核心部の斜面を抜けると頂上までは比較的なだらかな一本道。
トレースがビクトリーロードとして上に伸びている。頂上までもう少し。
ここのところ雪山に行っておらず、過去の登山を思い出しながら妄想で登山を書いてしまった。
妄想でも楽しめるのが登山なのではあるが、やはりリアルな山に行くのが一番いい。時間を見つけてなんとか残雪期の山に行きたい。