クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

整体の効用

奈良マラソンに出た。2年前に3:19というタイムだったせいか、恐れ多くもAブロックに配置されてしまった。周りでは

「何?その格好(せんとくんの着ぐるみ)でサブ3?」

「会社の倉庫にあってん。やったらええもんくれる?」

スーパードライ買ったるわ」

「なんやそんなもん。もっとええもんにせえや」

「どひゃひゃ!」

というような和やかかつ危険な会話が交わされ、気が気でない。

気が気でないのは私が記録にナーバスになっているのではない。むしろ記録なんか期待していない状態だった。

私は3ヶ月近くも膝痛に悩まされていたのだ。

 

故障は過去いろいろしている。右足首は捻挫で靭帯が伸びたままだし、右手薬指の靭帯を痛めた時は完治に半年くらいかかった。

それでも今回の左膝痛は今までと少し違った。一つに、原因がわからないというのがある。9月のある日曜の朝にランニングをしたら突然痛み始め、翌日は歩くのも辛くなった。捻挫や打撲をしたわけでもなく、ダッシュで膝の靭帯を痛めたということもない。原因を分析して根治するのが西洋医学だから、なんだかわからないのに医者にはかかりにくい。

しかし、その後カナダでサイクリングをしたりトレッキングをするたびに膝の疼痛は増し、安静にすると収まるという一進一退を11月末まで繰り返した。12月8日のマラソン本番が目前に迫っていた。

 

困った私はついに診断を受けることにした。正攻法なら整形外科などに行くべきだろう。ただ、以前右膝の皿が痛くなり、医者にかかったら、レントゲンを撮り、私の足をこねくり回した結果、

「使い過ぎ」

とだけ言われた。どうやら整形外科の医師というのはレントゲンに写る骨の異常ならはっきりとした診断を出せるが、自己申告の痛みには慎重な姿勢を示すらしい。

今回は時間もないので、夜でも行ける整体に初挑戦してみた。

 

駅の周りを改めて眺めてみると「整体」や「整骨」、「接骨」、「鍼灸」といった看板がたくさんあることに気づく。高野秀行さんの『腰痛探検家』を読んでケタケタ笑っていたが、これだけあれば迷うはずである。どこが名医なのか見当もつかない。

本当は相方オススメの整体師が八王子にいるらしいけど、今回は遠過ぎるし時間もないのでパスとする。戦闘機マニアらしいのでその辺も時間があれば伺うこととしよう。

行ったのは最寄り駅の近くにあるクリニック。ビルの1階にあり、女性でも安心な雰囲気の小綺麗なところだ。

入るとまだ若い女性がいて、施術中だった。

「左右のバランスが少し改善されましたね」

カーテンで遮られているので見えないが、マッサージのようなことをしているのだろう。会話から察するに、女性は事務職で肩こりがひどいらしい。私は肩こりを感じないたちなので、肩こりから整体に行くもんなのかと感心した。

 

私の番になり、簡単な問診を受ける。

「3ヶ月前に突然左膝が痛くなり、以来治らないです。今はランニングで10kmを超えると痛みが出ます」

正直に言った。先生はまだ30くらいだろうか。真面目な役をしている堺雅人風の華奢なお兄さんだ。

「足を組む習慣は?」

「あまりありません」

「立つ時に体重を乗せるのは?」

「左ですかねぇ」

「足の大きさも違うでしょう?どちらが大きいですか?」

「右です」

一通り聞くと、今度は歩き方チェックや片足スクワットなんかをさせ、寝転んで私の足をタブレットで撮影した。

「ほら、左足が右より少し長くなってますね。歩く時も少し肩が落ちてるし、左足に負担がかかりやすくなってます」

「うーむ」と私は腹の中で唸った。そうするとさっきいた事務職の女性と同じということになる。

しかし、ここで疑っても仕方ない。この手の民間療法と西洋医学との違いは診断に客観性を要しないことである。ある程度の説得力さえあれば、客(病院ではないので)は信じるしかないし、「信じない」としても現実を打開することはできない。

「はあ。それではどのようにすれば治りますか?」

「まずは身体の歪みを取ることです。左右が均等になれば左足の負担が減ります。動かさないでいれば早く治る可能性は高いです。それで治るかどうかはわかりませんが」

先生は最後、妙に言葉を濁した。

 

その後、先生は身体の歪みを取る施術とやらを施し、再びタブレットで写真で足を撮ると

「左右が逆転した」と言い、「これは一時的なものですから、また元に戻ることがあります。続ければ治るでしょう」と言ったわりに、次回の予約を取ることは勧めなかった。

「スポーツ障害ですから今日の施術で劇的に治るということはないでしょう。しかし歪みを矯正すれば少しずつよくなるかもしれません」

すぐに治らないことだけは強調して本日の営業は終了となった。

 

最終的にそのわずか5日後、私はマラソンのスタートラインについた。開始1㎞で左膝に違和感があり、リタイアかと思ったが、3㎞くらいから感じなくなった。

そのかわり練習不足の代償が後半にのしかかり、35㎞からは走ることができなくなり、トロトロ歩いて、最後は件の「せんとくんおじさん」にも抜かれ、それでも4時間以内にゴールできた。足に激痛が走った場合に備えてロキソニンまで用意したのに、全く使わなかった。

膝痛の原因はおそらく腸脛靭帯炎。足の外側に伸びる靭帯が硬くなり、膝の骨と擦れて炎症を起こしたと見られる。私は整体で効果がないとみるや、ネットで調べてストレッチを大会直前までやっていた。足の外側の付け根、ポケットのあるあたりをクニクニ押すと、最初は痛かったが、2日くらいすると筋がほぐれたのか感じなくなった。大会の最中も少しは痛かったものの、足が上がらないほどにならなかったのはこのストレッチの効果だと思われる。

では整体に効果はないのだろうか。そうは言わない。信じるか信じないかは本人次第。私は単に信じなかったので効かなかっただけなのだ。