クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

カナディアンロッキー紀行⑦―バンフの愉しみ

バンフはカルガリーからバスで2時間半ほどの山に囲まれた街である。夏には登山、冬はスキーで賑わうリゾート地で、日本で言えば軽井沢をイメージするとわかりやすい。ただ、周囲は屹立した岩壁をいただく険しい山容なので、軽井沢と上高地を足し合わせた街というのがより正確なところかもしれない。

キャンモアで3日間過ごした私たちは早朝にバンフへ向かう路線バスに乗った。前日の大雪で屋根も山の木々も白い布を纏っており、一昨日の秋の気配から一気に冬の装いに変わっている。ハイウェイと並走する自転車道にもたっぷりと雪が付いていて、来年までサイクリングはできそうにないだろう。

バンフに着いてすぐに宿に荷物を預けると、さっそく散策へ向かう。ガイドマップを見ると近くにBOW FALL(ボウ滝)とやらがあるらしいので行ってみた。『地球の歩き方』によると「歩けない距離ではない」と書いてあったが、川沿いを歩くとあっという間に着いてしまった。途中の階段はカチカチに凍っている。ボウ滝は滝というより川の少し大きな落ち込みといった感じで、日本人のイメージする称名の滝や華厳の滝とは全く違った。

韓国人観光客がバスでいっぱい来ていて、写真を撮っている。相方によると韓国人女子は世界で一番「インスタ映え」を気にするらしい。自分の最も気に入ったアングル、お洒落な小物を使って最高の自分を景色に映りこませる。楽しそうでなによりなのだが、景色を堪能する身にその撮影風景は少々煩わしい。

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Bow Fall


 

 

ちょっと物足りないので奥に入っていくと『美女と野獣』風の城が唐突に現れる。「なんだこれ」と思って近づいていくとホテルである。後から『地球の歩き方』を見るとフェアモント・バンフ・スプリングスという高級ホテルで、1泊30000円から。目玉が飛び出るほど高いわけではないけど、私たちが泊っているYWCAに比べたら6倍以上。シャワー・トイレ共同で、自炊可のYWCAとでは値段以上に雰囲気に差がありすぎる。

このホテル結構有名らしく、カルガリー空港の到着ロビーには模型まである。

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美女と野獣Hotel

 

 ホテルの奥に進むとトレイルがあった。川の周りを周回できようなので行ってみる。前日の大雪で道も周囲の山嶺も真っ白になっていて、クリスマスツリーの間を歩いているような気分になる。旅行前に痛めた左膝はまだ痛むものの、カナディアンロッキーを歩いているというだけで口角が上がってしまう。時折見えるボウ川の流れは日本の川に比べると力強く、スケールの大きさを感じさせてくれる。

周回路は片道5kmと書いてあった。当初、歩いてから街に戻ってカフェで軽い昼食のつもりだったので大した食料も水も持ってきていない。膝の痛い私は徐々に焦りを感じていた。ぐいぐい進んでいるものの、折り返しになかなか差し掛からない。道があるのだから道迷いとは言わないものの、道に果てがなければやはり道迷いではないだろうか。

道の脇にはいくつかキャンプ場がある。キャンプ場には必ずテントスペースとキッチンスペースがあり、その2つは少し離れている。クマが食事の匂いにつられてやって来ることがあるからだ。テントに食料を置くと、人が寝込みを襲われる危険性があるため、食事と寝る場所は分けられ、ゴミ箱は頑丈な鉄製のものが設置されている。つまり何が言いたいか。つまりはクマがその辺にいるということになる。

足が痛い、道は先が見えない。クマがいるかもしれない。おまけに雪のせいかトレイルにほとんど人がいない。日本の山では感じない不安に襲われる。見知らぬ広大な土地を彷徨することは想像以上の心理的な重しとなってた。

 川を渡って道を折り返し、再び川を渡る橋にたどり着いた時は心底ほっとした。道のないところを歩いたわけでもないのにへとへとである。

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人気のないトレイル

 街に戻ってSTARBUCKSでコーヒーと軽食を頼んで一息つき、夕食はスーパーでサーモンと野菜を買って、YWCAのキッチンで調理して食べた。

翌日は快晴で、少し散歩するつもりが山の上まで登ってみようということになり、3時間ばかり登ったが、一向に着かないのであきらめて下山した。

下山してから、またトレイルの奥に入ると、雪の付いた渓谷が現れた。道は凍っていて恐々入り込んでみたらなかなかの景色で、さらに帰りにはラグビー場みたいなところで草を貪り食うトナカイを見物して、ようやく街に戻った。

結局その日は昼食も取らずに一日中歩き回ってしまったことになる。取らないのでなく、取る間もなくいろいろな景色に出会えたとしておこう。

 

バンフもキャンモアと同様に山間の街で、中心地から反り立つ岩壁を眺めることができる。街には中国系の観光客が多く、みんなスマートフォンで写真を撮りあっている。麓から山を眺めるだけでもこの街に来る価値がある。

ただ、山に入るとより価値が増す。見るだけの旅は世界をガラス越しに見るような感覚にさせるが、自ら入り込んでいく感覚や風に触れる感覚、それらがあると旅はより自分のものになる。

 私たちはバンフで、よりカナディアンロッキーに入り込む旅ができたことに感謝していた。

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