1年ぶりに沢登りへ行った。行ったのは奥多摩・水根沢で、都内からアクセスが良く、付近に無料駐車場があるので人気の沢である。
結果を先に書くと敗退となった。水が多いのと、一緒に行った相方に岩登りのスキルがないのであきらめて下降に切り替えたのだった。フリークライミングと違って沢は確保が難しい。相方のぎこちない動きを見ていると、到底確保なしのフリーソロで滝の側壁を登れるような気がしないし、このところの長雨で川は増水している。
諦めて下降することにした。
登りで相方が苦戦していた滝の一つは少し上からロープを使って懸垂下降する。ビレイデバイス・ATCの操作がぎこちないながら、相方はなんとか降りてきた。落ちても水面なので大丈夫だろうという判断だった。
しかし、次に迎えた滝ではどう降りたらよいかわからなくなってしまった。
水根沢はゴルジュ入門コースていうのが謳い文句で、側壁の切り立った部分が多い。側壁が切り立っているので、部分的に懸垂下降に使える木が少ないのだ。
仕方ないのでやや細い木にロープを渡して、斜めに下降することにした。真下に降りると滝の水が直撃する。
私が先に降りることにした。するするとロープが伸びる。やや短いかなと思った20mのロープもここなら下の水面に達している。
異変はすぐに起きた。
ロープの末端を結んだ結び目がデバイスに引っかかっている。まだ場所は滝の途中だ。飛沫がどんどんかかる。
ここで判断を誤った。冷静に考えれば、岩のどこかでセルフビレイを取ってロープをなんとかすればよい。残置支点もあちこちにあるのだ。しかし、私は手元にある2本のロープのうち、デバイスに干渉していない片側だけを伸ばして下降を続けようとした。
不安定な場所で妙なロープ操作をして、私は態勢を崩したまま着水した。
降りた場所は滝の下だった。
滝を避けて斜めに降りるつもりがロープで身体が振られたため水の落下する地点に降りる羽目になり、水飛沫を顔に浴びる。避けようとしても身体と支点がロープで結ばれているので、滝から離れることができない。しかも着水したところは足が付かないのだ。
まずは右に身体を振ってみた。側壁はツルツルしていて手がかりがない。水が容赦なく降ってきて身体が冷たい。すぐに溺死しないものの、暴れるにも限界がある。
「死にそうになった時、人生が走馬灯のように駆け巡る」と本ではよく見る。
ところがその時の私の状況は全く違った。
即死はしない。しかし動けない。拷問である。
その時考えたのは「何とかしないと」という当たり前の思考と「こんな初級沢で死んだら笑われるな」とか「滝行は途中で脱出できていいなぁ」という今の危機的状況を打開するのに関係ないことだった。
ロープで吊られている状況なので、今度は滝に近づいてみる。すると今度は水の渦に巻き込まれてたるんでいるロープが足に引っかかった。どうしたらよいかわからない。上で相方は呆然としているだろう。
ふと川の真ん中に動いてみた。
するとなぜかそこには足の立つ高さに岩が隠れており、私はそろりと立つことができた。大きく息をついて、転倒しないように中腰で立つ。震えが止まらない。5分くらい揉まれていたような気がするし、30分くらいだったような気もする。
少し経ってまた膝が震えてまた転倒しそうになった。
以上、近年最大のドジで危険な遊びだった。
改めて今回、「人間は簡単に死ぬものだなあ」と感じた。病でいつか知れぬ命と言われても何ヶ月、何年も生き続けるケースがある一方で、昨日までピンピンしていたのがあっという間に死ぬケースもある。
生と死の襖はあまりにあっけなく開いたり閉じたりしているのだ。80年経ったら開き始めるというものではない。そうは知りつつもその日私は帰ってから日本酒・七賢を堪能していた。