日曜日にジョギングがてら走ったり歩いたりした。気がつけば武蔵境駅に着いていて、気になっていた「山幸」という山道具の店に入ってみた。
店は駅からすぐ見えるところにある。とはいえ、見えるのはガラス越しのテントや'SCARPA'のロゴくらいで、登山をやっている人がようやく気付くくらいだ。
店は狭い階段を上がった2階にある。
確か山幸の名は『岳人』の広告にあった他、椎名誠のエッセイに出てきた記憶がある。
椎名誠が幼馴染のイラストレーター沢野ひとしとほろ酔いで店に入ったところ、タダならぬ気配の登山用品店があったとか。
店は奥行き10mくらい、幅3mくらいの鰻の寝床といった形状で、所狭しと商品が並んでいる。
店の中に入ると店主が脚立に立って作業していた。
「ちょっと待ってね」
店の幅が狭いので、脚立を立てるだけでもう出入口を塞いでしまう。
「今日は何をお探しで?」
脚立から下りた店主が訊く。
「登山靴を」
と相方が言うや小柄な店主の目が光った。
「ここらにあるのはハイキングシューズ。山小屋に泊まるならこのくらい。テント泊なら4万円くらいのを履かないとね。まずはどのくらいを目指すかだ」
唐突に話し始める。私たちは圧倒されてしまった。
「ここらは富士山にだけ登りたいという人用。高校とかの行事とかであるんだ。1回しか履かないけど借りるわけにいかないからっていう子のために置いてる」
「はあ、なるほど」
「底はほら曲がんないでしょ?これくらいはないと」
相手がどのくらい登山をやるのかお構いなし。初級者も上級者も、新参者は等しく講義を聞かねばならないようだ。
圧倒されていた私もだんだん面白くなってきた。
「サイズは私が完璧に見ます。合わなきゃ返してもらってもいい。何度でもとことん付き合います。今日はどうですか。買えとはいわないから私のフィッティングを試してみますか?」
椎名誠もこの店主に会ったに違いない。
その日は私の足型を確認し、SIRIOの3E+のモデルが一番合うという結論が出た。
しかしなあ。私はもっとソールの柔らかい靴が好きなんだが。
試しに履いた靴で傾斜を歩こうとすると、たちまち
「その歩き方ダメ!」
とダメ出しされてしまった。確かにつま先だけで立つこの歩き方でソールの固い靴を履くと踵が靴擦れになる。
「履いてみて踵側に1cm余裕がないといけない。指で測る人がいるが、指なんかじゃ底まで測れないでしょ。ああいうのはフリだけなんです。わかっちゃいない」
登山靴愛に満ち溢れているのか、こだわりがすごいのか。最初は面食らっていた私たちだが、徐々に店主の雰囲気がわかってきた。
「あそこのおじさんに託してみたら?」
相方が店を出るなり言う。
私も面白いそうなので、次の靴はあそこで買ってもいいかなとも思った。