久しぶりに話した先輩が
「俺みたいに財布に穴の開いた人間は(貯蓄するなんて)ダメなんよ」
と語った。
なんでも群馬で数百万円を酒に「溶かした」らしい。私のようにコンビニとスーパーの10円差を考えている人間には何をしたのか想像がつかない。
剛勇無双ではなく「豪遊無双」の偉人として知られるのは野口英世である。
幼き日に片手を囲炉裏で焼き、その手術をきっかけとして医師を目指した立志伝は有名だが、彼が金についてはかなり杜撰だったことはあまり知られていない。
青雲の志を持って上京するや遊郭で散財し、先輩にたかりに行ったりといった話は枚挙にいとまがないほど。
中でもすごいのはアメリカへ渡るための準備金を一晩でほぼ使い切ったという話で、今の額にすると数千万円を「溶かした」ことになるという。
もはや漫画。こうなると病理学の権威を支えたのはそんな彼に金を与え続けた周囲ということになるかもしれない。
『山と渓谷』の編集者三島悟は作家椎名誠への執筆依頼をした際、金のない出版社として非常に緊張したと書いている。
なにしろ相手は売れっ子作家だけに、大手出版社はバーで美人ホステスをつかって「どーぞ、先生」とやっているに違いない。
しかし、マイナーな登山雑誌社のできることと言えば、焚き火でスルメを炙って、川で冷やしたビールをゴツい手で「どーぞ」するしかないではないか、というわけだ。
ここで、高級バーにつられてしまうようでは男を下げるのだが、アウトドア派の椎名誠は忙しい合間を縫って、登山をしては『山と渓谷』のコラムを寄稿し続ける。そして三島悟とは野遊び仲間として以降も交友を結んでいった。
私にとって豪遊とは、せいぜい焚き火で焼肉くらいである。
4年ほど前、友人夫婦と本栖湖でキャンプをした。いわゆるオートキャンプで、スノーピークの焚き火台で焼肉。キリンの一番搾りをチタンのタンブラーに注ぎ、隣には背丈より高い友人のテント。
個人用の山岳テントに焚火缶と生米を持った私と大違いである。
いつかはこんなキャンプをしたいと思いつつ、昨年もテント場でひっそりコンビニ焼き鳥を焼いていたりしている。
夜の街で騒ぐのか、野山で火を見つめるのか。どっちの豪遊がいいのかはわからない。
しかし、今の私にとっては焚火の前で気の置けない仲間とゆっくり日本酒を啜るのが最も粋な贅沢となっている。