クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

身体と心の痛みのバランス

山に行くたびに怪我をしている。

今回の屋久島では右手首を捻挫。右の掌に痣。その他尻や足に打ち身とあちこち痛い。指先も軽い凍傷気味で、ピリピリしたままだ。そして日が経って肩も痛くなってきた。

痛い目に遭うともう行きたくなくなるのだが、痛みが引くと性懲りもなく出かけてしまう。結果、生傷が絶えない状態が続いている。

 

ところが昨年の5月、6月は全く怪我をしなかった。

理由は山にも行かず土日も仕事をしていたから。怪我をしないものの、ずっと仕事をしていると精神が荒んでくる。

肉体的な痛みはないのに、精神的な痛みが大きくなるようだ。

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屋久島の雪道

さる皇族の令嬢は赤ちゃんの頃、転んでも怪我をしないように、家じゅうにクッションが敷かれていたという。ずっと「深窓」ならいいのだが、世に出た時に大丈夫だろうか。他人事ながら心配になる。

少しは身体と心の痛みでバランスを取った方がいいのではないかと。

身体の適度な痛みは心を解放するような気がする。リストカットのような行為も身体を傷つけることで、心のバランスを取ろうとしているのだろう。

 

今のコロナ禍を理由に引き籠り続けるのはある意味でクッションでくるまっているのと同じかもしれない。