「ハーケン貸してくれない?」
相方が唐突にリクエストしてきた。
ハーケンとは日本語に訳すと「岩釘」。岩の割れ目に差し込んで、支点にするための道具である。
なぜそんなものをリクエストしたかと言えば、椎名誠『ハーケンと夏みかん』をWEB授業で使おうということらしい。
物語は高校生だった椎名誠が悪友の沢野ひとしと学校をサボって千葉の鋸山へロッククライミングに行くという話だ。
ロッククライミングに憧れる沢野がロープとハーケンを持っていつもと違う列車に乗って岩場に向かう。しかし、肝心の沢野は兄貴から借りたという道具はあっても正式に使ったことはない。これから命のかかったクライミングをしようとするのに、彼が練習で登っているのは松の木だという。
間の抜けた話だが、不良高校生がクライミングに憧れるという姿が愛らしい。
結果は、クライマーを気取る沢野がわずかに登ったところで滑り落ち、擦り傷を作ったところで断念する。その帰り道に生っていた夏みかんがこの作品のもう一つのテーマとなる。
ところで私のハーケンはまだピカピカ。
去年、沢登り前に買ったのだが、残置支点が多い沢で使用しなかった。ただ、油断していた下山途中に溺れかけるという目に遭った。
ハーケンは試しに一度打ってみただけで、命を託す場面では出ていない。
どんなふうにWEBで授業をしたのかはまだ聞いていないが、数十年前の不良高校生たちのどたばたを今の繊細な中学生(と聞いている)がどのように感じたのだろう。
果たして彼がハーケンを打つことはあるだろうか。