クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

仕事とカンヅメの効能

まだ熱海で缶詰となっている。「カンヅメ」と言えば流行作家のようだが、実態はどこにも行けない軟禁状態である。何せ駅まで歩くと2時間くらいかかるのだ。

本物の流行作家のエッセイを読むと「カンヅメ」になっている情景を描いているものがあって興味深い。

三谷幸喜は気分転換にホテルに付いているプールで泳ぐのにハマってしまい、原稿が進まないと書いていた。阿川佐和子は大阪のホテルでカンヅメになるのにお金がかかると嘆きつつ、その分頑張らねばと仕事をしたという。椎名誠は進まないと書きつつ、そのことを原稿に長々と書き綴っているのだから、結局仕事になっているではないかとツッコミを入れたくなる。

作家でもカンヅメで仕事が捗るタイプと気が散って進まないタイプがいるようだ。これは受験生が自習室で集中できるかと似ていて面白い。

考えてみればこれは携帯電話のない時代の発想だ。

外部から緩やかに隔離し、仕事以外のことから意識を遠ざける。山寺で修行に励むようなものである。

ところが今は足元、手元まで電波が行き届いていて、どこででも同じ仕事ができるし、逆に言えばどこにいても邪魔をされる。そう思うと物理的に隔離されても心理的には完全に離れていないというのが貴重だった時代の手記が残っているように思える。

果たしてここでは真の悟りが得られるのだろうか。まあ、こんな記事を書いている段階で無理な気がする。