クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

健康社会

電車に乗るとフィットネスジムやエステの広告ばかり目につく。酒もプリン体と糖質オフ。現代日本を「一億総◯◯」というならば、「一億総健康至上主義社会」とでも言おうか。企業などでも唐突に「健康経営」なんていうことを言いだすようになった。

誰しも病気がちなのは嫌だし健康増進は大賛成だ。ただ、今まで酒量や喫煙量を誇って不健康自慢を飲み会の話題にしていた役員や管理職が突如「健康教」に宗旨替えして、禁煙やメタボ撲滅を訴えるのはいささか滑稽に見える。それにお上から「日本国民は心身健全にして国家に寄与すべし」と言われると、なんだか健康ファシズムのようで心理的な反発を覚えてしまう。さらにこの「健康」をネタに春の筍のように芽を出す新商品やサービスには半畳入れたくなることがある。

 

なんだかんだ言っても健康であることに越したことはない。ただ、太り過ぎも痩せすぎもよくないのだが、現代は太り過ぎを忌避する商品に溢れている。健康診断の項目には「二十歳の時から5キロ以上の体重変化はありますか?」なんていう質問まであるが、明らかに太り過ぎ警戒と見て取れる。

会社でひところミーティングとなれば「黒烏龍茶」と「特茶」がマンハッタン島のように林立することがあった。部署全体が小太り、小太り、大太りといった具合だったこともあるが、みんなが同じようなペットボトルを携えてぞろぞろ歩く様は少し異様だった。こうなるとひねくれ者とすると本当に効果があるのか疑問に思うし、少し茶化したくなってくる。

黒烏龍茶」の効能を見てみよう。「食後の脂肪吸収を抑える」とある。抑えた分の脂肪がどうなるのか、そのまま排出されるのかはわからないが、これを読む限り食事中か食後すぐしか効をなさないような気がする。何も食べていないミーティング中などに飲んで意味があるのだろうか。まさに「机上の黒烏龍茶」になってしまっている。

人気の「特茶」はどうだろう。こちらは「脂肪分解を助ける」ようだ。こちらはいつ飲んでもいいらしい。ただ、あくまで「助ける」だけなので、痩せるかどうかは自助努力ということになる。皮肉な言い方になるが、自助努力できるくらいならさほど肥満に悩むことはないし、このような補助食品に頼らないような気がする。どの健康食品の注意書きにも書かれているが、「適切な食事と運動」が大切ということは変わらないらしい。

同じ部署に「特茶」と甘い炭酸飲料を並べて飲んでいた後輩がいたが、ここまで一貫性がないとかえって特茶崇拝を嘲笑うかのようで面白い。もっとも彼はまるで十代の女子のように、海で水着を着るためということを理由にせっせとフィットネスジムへ通っていて、痩せることについて熱心ではあった。

 

全然関係のない話なのだが、「世界ふしぎ発見!」のリポーター竹内海南江がある国で逞しい体つきの男にこう話しかけられたらしい。

「俺はBadな日本語のタトゥをしているぜ!これはどういう意味なんだ?」

「それは"Not economy"(不経済)という意味よ」

男は黙り込んでしまった。

現代日本において不経済の代表格は喫煙ということになる。年々増税され、健康面より経済面の事情で禁煙する人が多いらしい。

個人にとっては不経済だが、国家にとってはというとこれが厄介な問題になるらしい。『これからの正義の話をしよう』を読むと、日本ではないが煙草による経済的利益と損失について試算した結果、喫煙は国家にとって得となったそうだ。喫煙者が増えるとたばこ税が増収となり、たばこ産業も活性化し、雇用を生み出す。さらに喫煙者は寿命を縮めるので、高齢者となってからの社会保障低減に寄与する。トータルでは健康被害による損失を上回るというのだ。もし日本においても同じなら厚生労働省が進めている禁煙支援は他省の経済活性や増税政策と矛盾することになる。こうなると「人の命は地球より重い」とか「パパくさーい」とか言って喫煙排斥を訴えるしかなさそうだ。まあ喫煙者でなければ、傍で紫煙をくゆらされるのは迷惑なのでいくらでも禁煙政策を進めてもらえればいいのだが。

なお水着のためにダイエットに勤しんでいた後輩は、煙草を嫌う女の子と付き合い始めたことで禁煙をした。元々、元カノが吸ってる姿がいいと言ったから吸い始めただけで、好きでもなかったらしい。なんだか本人に意志がないようだが、彼にはダイエットも煙草も女の子に好かれるためなら随意に方針転換を行うという意味で一貫した方針があるようだ。

 

煙草とセットで考えられそうなのは酒だが、こちらは輸出品目にもできるのでどちらかというと寛容に見られている。しかしながら「メタボ」の一因という目を向けたとたん、ニコライ2世の脇に控えるラスプーチンのように見てしまう。

10年ほど前に食の安全についての講演で聞いた話。

「お酒を飲んで太るのではありません。つまみを食べるから太るんです」

近頃は何にでもカロリーが記載されているが酒類のエネルギー量は膨大だ。表示通りならビール1缶で1時間は歩かなくてはならない。しかし、その「食の安全評論家」によれば酒を飲んですべてをエネルギーとして摂取できず、かなりの分を排出してしまうらしい。人間の身体はアルコールランプのようにはいかないようだ。確かに呑ん兵衛なのに痩せている人によると、彼は飲むと食べないため、体形を維持できている。

ただ飲み過ぎは肝臓にはよくないのだが、痩せれば正義という風潮がどこかに漂っている。以前何かのテレビ番組で、「若手会社社長のAさんは接待の飲み会を利用して痩せました」などと喧伝していた。二日酔いで食べるもの食べられず痩せたのだが、もはや健康維持なんて地の果てにぶっ飛んでしまって痩せることが目的になっていた。


最近テレビを見ないが、マスコミは大衆に対して正義と悪のレッテルを貼って物事を判断させる癖を付けさせる気がする。しかし、目的もなく悪を懲らしめるだけの正義に意味はない。健康になるのも私たちが何かをするためであり、ただ長生きするために健康を目指すのは本末転倒だ。

先の後輩は今の彼女に嫌われないためにダイエットに励み、私は登山やマラソンをするために体重を維持している。

目的のない健康社会を目指すことに意味はない。一人一人が目的のない人生を目指さないように。