クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

ジムクライマー

今年は天候が不安定でなかなか山に行けない。雨の山行を楽しめるほどの登山者ではないので、週末はクライミングジムでお茶を濁している。


いつも利用するジムはどこの駅からも中途半端な位置にある。いつも最寄り駅から歩くが、丘を越えて40分かかり、通常ならバスを使う距離だ。そんな辺鄙な所に通わなくても実はもっと近いジムがある。しかし、私が頑固にこのジムを利用するのはここの雰囲気がなんともいいからだ。
ジムは町工場の並ぶ真ん中にある。ジム自体も一見すると工場の一つだ。おそらく工場か倉庫の内部を改装して造ったのだろう。入口を入ると左にベニヤ板の受付があり、右に下駄箱がある。ホームセンターで板材を買って作ったくらいの簡単なものなので靴箱ではなく下駄箱がふさわしい。受付にはお兄さんの時もあれば、おじさん、おばさん、おじいさんで、お姉さん以外は揃っている。基本、店番は1人なので、奥で弁当を食べていたり、お客さんに混じって登っていたり(課題作りのため)するので、最初の頃は誰が客で誰が店員かわからなかった。
 
入ってすぐ左右にクライミングウォールが立っている。ボルダリング専門なので、高さはせいぜい4mくらいで、ホールドと呼ばれるプラスチックの突起がびっちり付いていて、それぞれに課題を示すテープが付いている。同じテープの付いたホールドのみを使って上まで行けばクリアなのだが、このジムはそれだけではない。
休みの日は10時か11時に開き、昼飯持参の常連さんがやって来る。ポットがあるのでカップ麺を食べたり、コンビニ弁当を食べたりする。みんなクライマーらしく贅肉のない体形だが、食べるものは比較的ジャンクだ。私も負けじと菓子パンを齧るくらいだが、なんだかちぐはぐな感じもする。クライマーの遠藤由加さんも「私の身体はほぼセ◯ンイ◯ブンでできています」と山岳雑誌の中で言っていたから、本当の山屋は食にこだわらない人が多いのかもしれない。
大概見たことのある人しかいない。駅から遠いのでフィットネス感覚で始めるような人はおらず、純粋に登ることが好きな人が多い。そして今やどこでも見られるスマホぱふぱふの人がいないのもここの特徴だ。クライミングスペースでは柔軟体操をしているか、登っているか、トポ(課題テキスト)を見ているか、壁を見ている。雑談もクライミング談義に限られる。
いくつかクライミングジムには行ったが、ここ以外にそんな場所はなかった。大抵がポップな洋楽か何かがガンガンかかっていて、隣と話すのも大声でなければ聞こえず、来る客層も20代前半から中盤。1人で来る人は珍しく、大概が3・4人連れだってやってくる。壁に向き合うより雑談とちょっとしたフィットネスが目的で純粋なクライマーはあまりいなかった。
 
 だいたい午後2時くらいになるとクライマーが1人2人とやって来る。普段着そのままの飾り気のない服装、すっきりとした体形の人が多い。のれんを掛けただけの更衣室があるが、そこでわざわざ着替えるような野暮はいない。大概はリュック、たまにシューズだけ袋に入れている人もいる。ブランド物のバッグなんていう人はいるわけがない。まさに純正クライマーという人ばかり。
 このジムのクライマーの平均年齢は高い。そしてベテランクライマーのレベルは異様に高い。中には子供連れで来て、子供そっちのけで課題に取り組んでいる。子供も子供で自分の課題に夢中である。そこらのポップなジムとはわけが違う。
このジムの特徴は壁にテープを貼って示している課題では飽き足らず、トポの課題に取り組む人が多いことだ。トポには設定者の名前が書かれており、模式図で描かれたホールドを見て課題を認識する。トポを見るのもちょっとした技術がいる。
店員が設定した課題もあるのだが、中にはお客で設定するのが好きなんていう人もいて、いつ見てもなかなか活況である。課題を客が作るのだから、もはや誰が客でだれが店員かの区別もない。

こんなジムだからなんとなく行きたくなる。同好の徒が集い、ベタベタした、関係性もなく純粋に課題に向かう。これだけで人生は十分ではないかと思える空間。
たとえ引越してもジム・クライマーが集うこんな場所が近くにあってほしい。