クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

北海道自転車放浪記-5

今振り返ると、過去の出会いを大切にすればよかったなと思うことがある。「旅は一期一会、出会いはその時だけ」と勝手なスローガンを掲げていたせいか北海道2週間の旅でその後につながる交流は何も残っていない。今でもサロマ湖近くのキムアネップで会ったお兄さんとお姉さんとまた3人で自転車で走れたら面白いと思う。

 

色黒のお兄さんは30歳くらいで日本一周中だという。一度就職してインターネット関係のシステムエンジニアとして働いたが、退職して自転車で沖縄から北海道へやって来た。ネットのエンジニアらしく旅にデジカメとパソコンを持参していて、今の状況をブログにアップしているらしい。

ポニーテールのお姉さんは26歳。何をしていたかは訊かなかったが、こちらも仕事を辞めて自転車とテントを買って北海道に来たと言う。

こういう話を聞くと不思議な感慨に囚われた。私は来年には就職したらもう2度とこのような長期の旅行はできないだろうと思って来ていた。ところが、ここには仕事を辞めて来ている人がごろごろいるのだ。普通のサラリーマンをやっていて1ヶ月もツーリングに出かけるなどできないのも事実だが、仕事を辞めても大丈夫なのもまた事実なのだ。何より仕事を辞めた人が特にこれからに不安を持つこともなく、むしろ生き生きしていた。お兄さんの方は帰ったら自転車屋をやると言っていたが、お姉さんの方は決めていないという。

その後、山によく行くようになった。しかし、山では若くして無職という人に会ったことはない。山に行く段階で装備や交通費などある程度の経済力が必要にはなる。それに気力と体力に満ちていないと厳しい気象に押しつぶされる。一方、自転車は実に金がかからない。北海道は無料キャンプ場やほとんど500円以内の宿泊施設が充実しているし、何より夏は涼しくて広い大地が気分をのびやかにさせる。

夏の北海道はさまざまな人生交差点となっていた。

 

キムアネップでの朝、金色に照らす陽の光の中でお姉さんにコーヒーをもらった後、キャンプ場を後にした。

キムアネップからサロマ湖畔を東に向かう。北海道の列車は架線のないディーゼル機関車である。広い大地を1両の汽車がゆっくりと走っていく。狭い都会を何両もの車両を連ねた列車が暴力的な音を立てて走り抜けるのは同じ日本と思えない。

北海道ではコンビニをよく利用した。北海道にはセイコーマートという地元チェーン店がある。本州の大都市のコンビニと違って、地元野菜や肉・魚などの生鮮食品が多く売られている。さしずめスーパーとコンビニのあいのこみたいなもので、自転車乗りの「給油所」となっている。

あるコンビニで買い物を済ませると表で自転車をばらしている青年がいた。彼はここで旅を終えて帰ると言う。自転車はコンビニから宅配便で送り、身体だけで帰るらしい。そういう手段もあるのだ。

「網走に行ったら『ホワイトハウス』という店に行ったらいいですよ。ウニ・イクラ丼とステーキの定食が出ます」

インターネット全盛時代だが、口伝えの情報には血の通った価値を感じる。私は例を言い、必ずその店に行くと言って別れた。

 

ホワイトハウス」は商店街にある洋食屋風の食堂で、伝え聞いた通りウニ・イクラ丼とサーロインステーキと言う掟破りの定食が出てきた。正確な値段は忘れたが1000円くらいで破格ではあった。味は値段の割には美味いという感じ。イクラは普通だがウニは蒸したムラサキウニで、サーロインも格別というほどではなかった。

 

網走を出てその日も海辺のキャンプ場に泊まった。キャンプ場と言う表記はあるが、車が1台止まっているだけで管理人もいない。海では3人の男女が水をかけ合って遊んでいる。

この日、「ホワイトハウス」で腹を膨らませて油断したのか夕食の食材を買い忘れていた。キャンプ場の周囲に何かあるだろうと高をくくっていたら全く何もない。食料は冗談ではなく米と塩しかない。仕方がないのでテントのそばで米を炊いて塩をかけて食べた。

海から上がった兄ちゃんが「おー、1人か」と訊き、「後で来いよ」と言われた。

日暮れ時、前日に会った日本一周のお兄さんが再び現れた。網走監獄を見学して、さらに他も観光してから来たと言う。こちらは1日漕いでようやく着いたというのにすごいスピードだ。

 

米だけのわびしい食事後はやることがない。誘われたこともあるので、日中水遊びをしていた兄ちゃんのところを訪ねた。

兄ちゃんは他に女性2人を連れてバーベキューをしていた。日に焼けてガッチリした身体で、鼻の下に髭を生やしている。2人の女性も同じく健康的に日焼けしていて、ちょっとヤンチャな雰囲気だ。ちょっと気後れしたが、3人での会話もネタが尽きたのか笑顔で迎えてくれた。

3人は釧路から来たという。関係性は今一つわからなかったが、ひどく暑いので海に入ろうと言うことになったらしい。豪勢にたくさんの肉を用意したが、3人中女性2人では食べきれないようで「よかったらどんどん食べて」ときた。こちらは米しか食べていないので遠慮なくいただく。

ついでに日本一周のお兄さんも呼んで5人で盛り上がった。日本一周のお兄さんはさすがに話題が豊富だった。写真や自身のブログを紹介し、木でできた名刺を配った。

その名刺は先日掃除をしている中で懐かしい空気とともにポロリと出てきた。

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