クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

登山と生産性

参議院選挙があった。政策、争点不在と言われる昨今の選挙の中でも特にわからない選挙だった。一方で消費税増税を、他方では年金を、かと思えば憲法改正手続きへの議席を確保できるかに注目していてたりで、結局各政党が何を争っているのだろう。和食と中華料理とイタリアンが各々勝手に客集めをして競っているように見える。

そんな中、山本太郎率いる「れいわ新選組」が政党となる議席を確保したという。少し前のネットニュースで見た記事によると「生産性ばかりが重視され、息苦しい社会を是正する」のだそうだ。

生産性を重んじると息苦しい?なんだそれ??

 

働き方改革」のおかげか、生産性にようやく注目が集まる昨今であるが、私は登山は最も生産性が重んじられるスポーツではないかと思う。

「なんのこっちゃ?」と言われるかもしれない。確かに登山は「生産的」なスポーツではないからだ。ナンバーワンを簡単に決めることができない。クライマックスである登頂シーンも、当事者以外見ることはなく、今や分かりやすい目標がないのでスポンサーもつかない。おまけに死ぬ可能性が常にある。

大航海時代の船乗りみたいな一獲千金もない趣味に打ち込むのは生産的ではないかもしれないが、だからこそ生産性を重視しないと続けられないと思うことがある。


具体的に考えてみよう。冬の3000m峰に登るとする。

まずは時間が必要だ。冬山は夏と違って無理はできない。特に晴れか雨か(冬なら雪)だけでなく風の予報を見ないといけない。早い話が夏よりチャンスが少ない。したがって「今週末はチャンスだから、行こう!」と2、3日前に決めることになる。いきなり決めるのだから、休日出勤などしている場合ではない。次のチャンスはいつ来るかわからないのだ。

つまりいつでも行けるように仕事は前倒しで進める必要がある。冬山は夏以上に事前の時間管理が肝心となるのだ。


さらに問題は体力である。夏なら15㎏くらいの荷物でテント泊も可能だが、冬はクランポンピッケル、防寒着、厚手の寝袋などが加わるので、さらにトレーニングを行った方が良い。トレーニングにも時間を要するわけで、短時間で効果の出やすい方法が必要だ。

個人的には片足スクワットをしている。両足だと何百回もしないといけないが、片足だと20回でもわりとトレーニングになる。登山の動作は(先鋭的なクライミングを除けば)スクワット運動が多く、荷物を担ぐことを考えれば、体重以上の負荷をかけた方が良い。スクワット20回するのに1分もかからない。朝晩片足ずつ2セットでも8分。

スクワットは筋トレにはなるものの、持久力がつかないのは問題だ。冬は寒いので、動き続けた方が良い。止まると寒くなって上着を着て、動くと脱いでを繰り返すと時間がかかるだけでなく消耗も早い。体温が一定となるペースを維持しつつ歩を進めるのが最も効率的となる。

持久力は短時間で鍛えにくい。何しろ長時間動き続ける力が持久力なのだ。これもいろいろやりくりして時間を確保するしかない。私は夕食の準備を30分くらいでする。外食よりも時間がかからない(外食は注文から出てくるまでが短くても店舗に行く、支払いをするなど結構いろいろな時間がある)。そしてそうやって確保した時間でトレーニングするわけだが、適度に天気の悪い(山はダメだけど、平地では雨の降らない)日を選んで、継続的に行わなければならない。


装備にも生産性と合理性が必要だ。

何しろ夏より重くなるし、寒いから休憩もあまり取れない。とにかく過不足なく軽いに越したことはない。

雪山登山の入門書には「ザックは最低でも80リットル」と書かれていることもある。80リットルの荷物は25㎏、上手に詰めると30㎏くらいになるだろう。体重60㎏の人なら90㎏になるわけで、とても俊敏には動けない。

冬山こそ装備は軽い方が良い。軽いと速く動けるし、速く動けると行動時間が短いし、行動時間が短いと腹も減らない。

つまり生産性が良い。腹が減りにくいとさらに装備(食料)を軽くできる。

下の写真は1月、甲斐駒ヶ岳に登った時の装備。58リットルのバックパックに詰め込んだ。クランポンとショベルのヘッドは中に入っている。自分では頑張って軽量化したつもりだが、その2年後には45リットルで同じルートを登っているのだから、軽量化はまだまだである。

肝心なのは「必要なものしか持たない。不必要な予備は持たない」ことで、着替えのTシャツを持つかいつも悩む。何しろ企業の生産性と違うのは成果物が自分の命の確保にあるということだ。「何を大袈裟な」と思われるかもしれない。ただ、軽量化の天秤の先にいるのは自分の命であることは間違いない。

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冬山の最大の問題は何か。

それは天候や装備も確かにある。日も短い。しかし、交通手段が少ないのが最大の制約となることが多い。

通年でバスやロープウェイが動いているのは八ヶ岳・美濃戸口、北アルプス新穂高温泉中央アルプス千畳敷などで、とにかくマイカーなしでは厳しいし、マイカーでもスタッドレスタイヤが必要となる。私のように公共交通機関オンリーだとバスの時間に合わせて下山しないとその日に帰れない可能性もある。時間に合わせた計画とその計画に合わせた体力が要請されるわけで、それなりに想定外を想定することも必要になる。

1月に仙丈ヶ岳に行った時、一緒に行った仲間がバテてしまった。二泊三日の山行の中で2日目も「お腹痛い!」と騒いでいたので予想通りだったが、順調なら途中で風呂に入って高速バスで帰るつもりだった。

風呂に入れなかったのはやや誤算だったものの、本当に下山できないとなると焦ったに違いない。冬の仙丈ヶ岳に行くには戸台口から半日歩いて北沢峠、そこから頂上へ行く必要がある。下山も約半日。雪深い年は丸一日かかるそうだ。

たまたま私の行った時は雪が少なかったが、余裕のある計画の中で効率的な行動をしなくてはならないと感じた時だった。

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登山用品店にマジックマウンテン社の「K2 ソロ」というモデルのバックパックが売られている。これはクライマー・山野井泰史さんが2000年、世界第二の高峰K2に到着した際に使用したものの復刻版で、容量は26リットル。一般登山者なら低山日帰りの容量だ。

ちなみに竹内洋岳さんが8000m峰登頂に使っていたのは40リットル。これも一般登山者なら小屋泊まりクラス。

究極の登山は「インプット(担ぐ荷物)に対してアウトプット(登る山のレベル)」を最大にするしかないことを示している。加えて体力は体重に対して最大限に発揮しなければならない。

私の経験則だが、冬山を単独で始めた人はみんな考え方がロジカルに考え、自分で決断できる能力がある。特に社会人になってから山を始めた人は無闇に誰かの指導を信じないので自分で試行錯誤、考えている人が多い。冬山はわからないことが多い分、自分で想定し、対策を練る要素が多くなる。夏山のような余裕がない分、自分で考えて、生産性を上げるしかないのだ。


最初に話題を戻して「れいわ新選組」だが、生産性を勘違いしているのではないだろうか。

確かに人間の能力の測定は相対的なものだ。100mを10秒かからず走る人もいれば20秒、30秒かかる人もいる。しかし、それを生産性とは言わない。ただの走る能力だし、能力は個人の分野によって違う。

30秒かかる人が20秒を目指すのはそれはそれでいいし批判することではない。世界には「10秒かからず走る奴がいるのに」などと言うのはナンセンスだ。問題は一歩上を目指さないことで、「生産性などと言うと息苦しい」と主張するのは自分自身の進化を放棄したことになる。

登山の何が楽しいかと言えば、「自分自身を上回れる」に尽きる。瞬発系のスポーツに比べて身体も装備も生産性を上げることでいくらでも改善できる(体力と持久力はそれなりに維持しやすい)。

昨日の自分を今日の自分が上回れる。それだけで明日も生きる気力が湧く。


経済学的な利益とは「希少な資源を上手に活用したこと」で生まれるものである。つまり生産性が上がれば多くの利益が生まれ、生産性が低いままなら利益を取るのは不当となる。

登山は希少な時間、装備を使って自分の命を維持するという、一見すると無駄な作業に見える。しかし、かかるものが(本人にとって)大きいので、究極的に生産性を重視する行動になっていると思う。


新選組が何を言わんとしているかわからない。しかし、くれぐれも「無駄なことにも意味がある」などと主張しないでほしいし、「生産性の高い人は低い人を助ける義務がある」などと言わないでほしい。

われわれには無駄に時間を使う余裕はないのだから。