クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

山を歩く人ー塩見岳~北岳山行(day1/2)

久しぶりに南アルプスを歩いてきた。鳥倉林道から三伏峠を経て塩見岳。さらに北へ向かい、間ノ岳北岳を経て下山した。

このルートは10年くらい前に買った山岳雑誌に載っている。掲載記事は北岳から南下して塩見岳へ至るもので、アウトドア・ライターの高橋庄太郎さんが記事を書いていて、参考データによると3泊4日とある。しかも熊ノ平から三伏峠も結構長いと書いてある。それを3日で踏破する予定だ。久々、緊張感のあるコース取りと思っていた。

 

竹橋の毎日新聞本社を出たバスは3時半に伊那大島駅に着いた。当然真っ暗で、ここからタクシーに乗り換えて鳥倉林道の終点に向かう。林道終点には5時過ぎだった。

ここから3時間くらい書くことはない。いつも通り淡々と歩く。寝不足だ。

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寝不足の夜明け



三伏山には3人の登山者がいた。急ぐ行程なのでそそくさと通り過ぎると、後ろで

「今日はどこまで行くの?」

「熊ノ平まで行こうと思うんです」

という会話が聞こえた。

思わず「熊ノ平まで行くんですか?」と声をかけた見たら、サポートタイツに少し裾が広いハーフパンツにピンクのロングシャツを着た40代くらいの女性だった。丹沢か奥多摩で見かけるようないでたちで面立ちも平凡というのも失礼な話だが、ゴリゴリの山女という雰囲気は全くない。

「同じく今日は熊ノ平までいくつもりなんです。結構遠いですよね。コースタイムで12時間くらいありますよね」

「ええ。私は小屋泊まりですけど。今回2度目なんです」

そこからしばらく話しながら歩く。歩くと言っても結構なスピードだ。私は急ぐつもりなのでちょうどいいが、普通の山ガール、いや中年のおじさんでもついていけないだろう。

「今回はどこまで行くんですか?」

「熊ノ平から仙丈ヶ岳へ」

 「前回は?」

間ノ岳から農取に抜けて大門沢へ行きました」

山ガールどころではない。平気な顔をして(私は後ろかついて行ってので顔は見えないが)言うところが恐ろしい。

「パートナーが今朝から甲斐駒ヶ岳に入っているんです。黒戸尾根から登って今日は両俣に泊まるって言ってました」

「えっ!甲斐駒と仙丈を抜けて!?」

「多分途中走るんでしょうけど」

黒戸尾根というのは私にとってはここのところ年1回は登っている甲斐駒ヶ岳の足下に伸びる長大な尾根で、麓から頂上まで2200m以上ある。一般コースタイムは10時間くらいで、ひたすら登りの日本アルプス屈指の急登である。パートナーさんは2967mの甲斐駒ヶ岳から2030mの北沢峠に下りて再び3032mの仙丈ヶ岳に登り、1500m付近にある両俣小屋に泊まるという。さらに翌日は2200mの野呂川越に再び登り返し、2999mの三峰岳へ登り、そのあたりで彼女と会うらしい。

もはやわけがわからん。私も同じことを地図上で考えたことはあったものの、あくまで地図上、机上の空論である。確かに黒戸尾根から甲斐駒ヶ岳仙丈ヶ岳を結び、仙塩尾根を結んで塩見岳まで行けば面白いルートになるなぁと考えてみたが、本当にやる人がいるとは(そのパートナーさんが彼女と会った後どこに行くかは聞いていない)。

 

鉄人をパートナーに持つ女性とは途中で写真を撮ったり、休憩をしているうちに別れ、再び会ったりを繰り返すことになった。30Lくらの黒いバックパックに500mlペットボトル挟んだいかにもどこにでもいそうな登山者なのだが、お盆には徳本峠から大滝山、蝶ヶ岳へ抜けるというマニアックルートへ行ったらしい。南アルプスには不思議な人が集まるものらしい。

塩見岳の直下は急登である。さすが百名山に選ばれるだけあって岩稜帯の上に双耳峰が屹立している。寝不足の上にいきなり激しい運動をさせられて息が切れる。同じく息を切らしたオジサンがいた。

「疲れますねぇ」とオジサンが話しかけてきた。

「結構きついです」

と答える。オジサンは

「日帰りしようと思ったけど舐めてたわ」

と言う。またこんな人が出てきた。

南アルプスの南部は岩稜を行くようなテクニカルな部分が少ない。山岳雑誌には「玄人向け」と表現されるが、要は地味に歩く部分が多く、単純に体力が要求されるのだ。それだけに北アルプス南アルプス北部を歩きつくした人が「そういや南アルプスの南部は行ってなかったなぁ」と言ってやって来る。アクセスが悪い上に一つ一つの山塊が大きいので、ちょっとした気合と体力なのだ。

オジサンはヒーヒー言いながらも頂上に登ると、写真を何枚か撮っただけですぐに下山してしまった。天気も良いのにもったいない。「もったいない」と感じるのは普通の感覚であって、普通でない人が集まるのがこのエリアなのかもしれない。

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塩見岳の頂上直下

 塩見岳に登ってすっかり満足してしまった。何しろ計画を立てては「今週は疲れているし」とか「天気が安定しないし」と言い訳をした結果、いつの間にか何年も経っていた。百名山ハンターではないが、南アルプスで登っていない百名山塩見岳と光岳となっていた。それだけにやっとこ1つ制覇である。

しかし、この日の核心はここからなのだ。3052mまで登ったのに、2500m付近まで下る。南アルプス北アルプスに比べると森林限界が高いので、稜線でも樹林帯に覆われる。なんだかひどく損をした気になる。

 5年ほど前に悪沢岳赤石岳を登りに行ったとき、登山口でテレビ番組のインタビューを受けた。別に私が高名な登山者だからというわけではなく、たまたまたくさんいる登山者の中で適当に選ばれただけである。その時もやはり深夜バスを降りたばかりの寝不足で、頭は半分停止した状態の私に対して、レポーターはやけにテンション高く

南アルプスユネスコエコパークに選ばれたことはご存じですか?」

 と訊いてきた。何しろ当時からテレビがない私はそんなことを知らんのである。携帯電話もその2ヵ月前にスマートフォンに替えたばかりで、それまではガラ携だった。

「いいえ」 

と答える私に、レポーターはめげることなく

南アルプスの魅力は何ですか?」

とさらに質問してきた。アナウンサーの腕には静岡テレビの腕章がかかっていた。なんとしても南アルプスをPRしようという地元愛に溢れている(んだろうな、多分)。それに応えて気の利いた返事を返さなくてはならない。

「でっかいことですね。北アルプスに比べると一つ一つの山が大きい」

普通としか言いようのない答えだったが、これは登らない人にはわからない。標高は北アルプスとさほど変わらないからだ。レポーターはその趣旨を理解したのかどうかわからないが、「そうですか。ありがとうございました」と言って次の登山者に同じ質問を投げかけていった。

話がわき道に逸れた。今回もそのでっかさを足腰に感じつつ熊ノ平小屋を目指す。

 

行動時間が6時間を過ぎると下半身の回復力がなくなってくる。少し休憩しても力が入らない。そうは言っても自分で進まなければ着かないのが山登り。定時が来れば業務終了となる仕事とは違うところだ。

昼過ぎからは稜線にガスが立ち込め、展望がなくなった。ショータイム終了ということか。小刻みに登って下って黙々と歩く。私の趣味は歩くことなのだ。

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間ノ岳から、今回歩いた稜線