クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

一生遊んで暮らすには

相方の父が仕事をリタイヤするらしい。もう65なのだから当然とも言える。リタイヤ後に何をするのかと言えば歴史の研究をやるらしい。

いい話である。少なくとも茫然自失、仕事以外やることがないというよりよほどいい。真面目な人なので、マジメに遊ぶのだろう。

 

どうやら一生遊んで暮らすには、遊びを仕事に変えるしかない。

野球好きがプロ野球選手に、ピアノ好きがピアニストに、写真好きが写真家に、山好きが山岳ガイドに、酒好きがソムリエに、退屈好きがあくび指南に...とこれは落語だ。

ところが、たいてい仕事にすると苦しくなっていくという。

 

「遊ぶ」の対極 にあるのは「仕事」というやつで、「仕事」を漢文読みすると「仕り(つかまつり)、事える(つかえる)」となる。仕事がつまらないのは当然の話で、誰かのためにやることが「仕事」なのだから、好きにできなくなり、苦しくなってくる。

 ただ、それだけではないだろう。仕事が辛いのは期待に応えねばならないからで、誰にも期待されないことは仕事にならない。したがって、誰にも期待されていないであろう本ブログは仕事ではなく遊びである。

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こんなキャンプも本人は楽しかったりする(本文と関係なし)

 

芸人・ヒロシが独りキャンプを動画に出していたら話題になり、キャンプの仕事が増えたらしい。確かに動画は素朴ながら面白い。

 単に焚火で湯を沸かしてカップ麺をすするだけでも、火をつける手際が良くて楽しい。特に山に登るでも、釣りをするでもないキャンプなので、テントを立て、食事をする以外はぼーっとしているようで、そこがリアルでいい。見ているこっちもぼーっとリラックスできる。

 この独りキャンプの動画は自分の愉しみで作って、YouTubeに上げていたらしい。それが人気を博して、仕事が舞い込み...とすごくいいことずくめのようであるが、「仕事になると自分のキャンプじゃなくなる」とトーク番組で嘆いていた。毎回肉を焼いたりせねばならず、苦痛なんだという。

 仕事になると途端に周囲の期待に応える内容を求められるので、自由を制限されるのだ。

 

 結局のところ、一生遊んで暮らすには、自分のやりたいことと他人が期待することを合わせるしかない。