数年前にANAの機内で「涙メシ」という番組がやっていた。著名人、芸能人がかつて食べた「涙が出るほど美味かったメシ」を紹介するというもので、よくありそうだプログラムである。
みんな今はお金にも困らない有名人なわけだが、大抵取り上げるのは無名時代で、十分に食えないころに食べさせてもらったものが多い。それも比較的粗末でシンプルなメニューで、はた目にはそれほど美味しくなさそう。空腹と食べさせてもらったという恩義で味わいが倍増したのだろう。
今回は私の「涙メシ」を紹介してみたい。
①山形の焼肉
父親が山形で単身赴任をしていた関係で、何度かスキーをしに行った。
成人するまでそれほど仲の良い親子というわけではなかったが、どういうわけか大人になってからの方が一緒に遊んでいる。おそらく酒を一緒に飲めるからだろう。
スキーに行ったときに連れて行ってもらったのは地元の焼き肉屋だった。
座敷に焼肉ロースター。観光客はおらず地元のたまり場という風情。肉を盛り合わせで頼むと「肉でごわす」という感じで盛ったものを御年80くらいの腰の曲がったおばあちゃんが持ってくる。思わずこちらから取りに行ってしまう。
この肉、そしてニンニクの効いたタレが絶品だった。日中の蔵王での心地よい疲労で、肉はどんどん胃に入っていく。
おばあちゃんが何か話しかけてきた。何を言っているんや。訛りがきつくてさっぱりわからない。
しかし、この訛りも地元の人たちの喧噪も含めての焼肉は間違いなく美味かった。
②北海道の塩かけ飯
学生時代に北海道を自転車で小樽から知床を目指した時のこと。
網走を過ぎると店はなくなり、左手に海、右手は山広い空き地しかなくなった。食料は米しかなく夕暮れも迫って焦ってきた。そのうち予定のテント場に着いてしまった。
「仕方がない」
慎重に米を炊く。ここで失敗したら明日補給できるところまで食べるものはない。
チタンの鍋ながらうまく炊くことができた。ただ、おかずはない。あるのは塩のみ。
「仕方がない」
もう一度呟いた。
飯に塩をかけて食べた。うまい。
瞬く間に鍋いっぱいの塩かけ飯を食ってしまった。食べ終わると北海道の冷たい夜風が吹いてきて、少し切ない気持ちになった。
肉も魚も野菜も好きだが、私が一番うまいと思うのは米かもしれない。
妙義山からの帰りに横川駅でおぎのやの釜めしを買って食べた。朝7時半に駅をスタートしてから6時間以上。芋けんぴとか歌舞伎揚げをポリポリやっていただけなので、暖かいご飯が美味い。
冷静に分析すると、ゴボウやシイタケ、タケノコなどの野菜類が多いのはよろしい。ただ、鶏肉は小さくて味付けもインパクトに欠ける。
ただ、今回は腹が減って美味かったのでヨシとしよう。