前回からの続き。
着いた避難小屋から白髪で小柄な男性が出てきた。ダウンジャケットにダウンパンツという出で立ち。
「今来たのか?」
「ええ」
「あんれえ!」
妙なリアクションを取る。
「今1階は宴会場だから」
何者だろうか。その男性はそのままトイレに向かった。
登山口の駐車場にはこの日、2台の車が停まっていた。1台は軽トラックでパトロール中と書いてあり、もう一台は普通乗用車。
小屋に入るともう1人男性がいた。挨拶もそこそこに「今出られた方、監視員でマタギですよ」と言う。初めて「マタギ」なんて聞いた。
さすが白神山地なのである。
トイレから戻って来た男性は小屋にいた男性を相手に延々と話始めた。後から聞くと昼からずっとらしい。
われわれも食事の準備をして会話に入れてもらう。
聞けば本物の「マタギ」で「熊撃ち」だった。最大で150kgほどの熊を撃ったという。
「熊はどうやって運ぶんですか?」
「川を下す。水の中を引っ張っていくんだ」
「そんな大きな熊も?」
「そん時は無理だった。仲間を集めて肉だけ持って帰った」
「皮は?」
「今、こんくらい(40cm四方)鞣すのに3万円もかかるで。そんな大きな皮を鞣しても誰も買わん。仕方ないから置いてきた」
聞き手は先に小屋にいたおじさんと相方。私は時折相槌。
酔っぱらっているせいか話に脈絡はないのだが、猟の話など滅法面白い。
「最近は獣害で補助が出るけど1万とかだと誰も撃たん。鹿は1万円。弾は1発1000円だもんな。3発打つと3000円。全然当たらなくて17発撃ったことがある」
「大赤字ですね」
「最近はサルには3万円出る。最初は撃ちにくいけど金にはなるな」
現代のマタギは貨幣経済に生きている。酔っぱらって出てくるのは金の話が多い。
ただ、猟に対するプライドが時折垣間見える。
「わしらは撃ったら儀式をして生き物を感謝していただく。店でパックされた肉は誰かが屠畜したものを何も感じんと食っているのだろう」
よく聞く話といえばよく聞く話。ただ、生き物を撃ち、その手を血に濡らした者の発する重みがあった。
そんな話を聞き、夜は8時くらいに寝付いた。
(つづく)