クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

忖度しない力

最近YouTubeの「有隣堂しか知らない世界」にはまっている。

R.B.ブッコローというミミズクのキャラクターに有隣堂のさまざまな商品を紹介するという構成の番組で、主に本関連と文房具を取り上げている。

取り上げているネタは作家であったり、ガラスペンであったりとニッチな範囲で、それはそれで面白いのだが、このブッコローの忖度やヨイショしない感じがいい。紙の地図を取り上げれば「グーグルマップでよくない?」と言い、レクサスに乗っても値段を聞いて「たっか!」と言い放つ。

それでいて人を不快にしないのは絶妙に視聴者の声を反映しているからだろう。

10年ほど前から「忖度」という言葉が人口に膾炙するようになった。

私は受験勉強用の熟語集で見て記憶したくらいだから、そんなに頻繁に見る言葉ではなかったはずだ。意味は「相手の気持ちを推し量ること」だから本義として悪い意味ではない。

これが転じて偉い人への持ち上げだったり、考えの先回りだったりするようになったのはいつからだろう。いや、いつからかと言えばずっとだったのかもしれない。特に上位者との摩擦を避けるのはこの世の倣いだ。

しかし、「忖度」という言葉が出てきた背景には、偉い人の気持ちばかり気にして息苦しくなっている人の内情があるように思える。

ブッコローの忖度しない物言いが非常に気持ちよく感じられるのは、言いたいことを言えない。それでもその心をも押し殺している息苦しさを少しだけ解放してくれるからかもしれない。