クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

台風の前に岩手山に登る①

どうやら今年は台風の当たり年らしい。

台風が多いと「海水温が高いのは地球温暖化のせいか」と騒ぎ、台風が来ないと渇水となって「温暖化で水不足が…」と嘆き、と何でもかんでも温暖化とCO2に結び付けられる。どっちやねんという気もする。

嘆き節はともかく、むやみに台風が押し寄せると登山や旅行を趣味とする人間として困惑するのは確かである。

今回の連休は台風14号がいらっしゃるというので、最も影響は少なそうな東北、岩手県に行くことにした。

 

岩手には5年ぶり。前回は6月の残雪期だった。

今回も前回と同じく夜行バスを使って、早朝5時、盛岡駅に降り立つ。岩手山の困るのはバスがないこと。バス利用の場合、数あるルートのうち松川温泉側から登るしかない。

私たちはタクシーで焼走り登山口に向かった。タクシーは高級な乗り物なのだが、時間を有効に使うため、仕方ない。盛岡駅から登山口まで8700円也。

 

岩手山成層火山で、岩手県の最高峰。標高は2038mと登山口からの標高差は1500mほどある。

登山道は非常に整備されていて、まるで丹沢のメインルート並み。麓の傾斜はあまりなく、上に行くほど傾斜が強くなる。1400mくらいから火山特有の砂の傾斜になった。

1600m付近に不動平避難小屋がある。立派な小屋でもうここに泊まってしまいたいとも思った。難点は水場がないことか。

とりあえず、そこから標高差400mほどの頂上を目指す。

台風の影響か、風が強い。かいた汗が冷える。そこで休憩をあまり取らずに一気にお鉢まで登り詰めてしまったら、相方に「早過ぎ。『目黒のさんま』の殿と同じだ。これから『殿』と呼んでやる」と言われた。

落語「目黒のさんま」では、家臣を置き去りにして野駆けに出かける殿が登場するのだ。

とにかく岩手県最高峰。案外疲れてしまった。

「不惑」について考える

先週末、ふと「不惑が近づいとるなあ」と思った。

朝起きて「絶好調!」という日は少なくなり、身体か頭のどちらかか、両方が重い。身体を動かし始めるとそうでもないが、疲れは抜けにくくなっている。

これが不惑というものだろうか。

最近読み直した服部文祥さんの本では不惑について、もう「惑わない」というより「惑えない」年齢だと書いていた。人生の軌道修正が効かなくなり、一から何かを始めるのは難しい。だから、もう惑えないのだと。

同じく冒険家・探検家ジャンルでは角幡唯介さんも似たようなことを書いている。人生の選択肢が限られてきて、迷わなくなる。

私も二十歳の時は将来どうなるか全くわからなかった。就職しても「自分が定年になるまで会社があるかわからん」と思っていたし、今でも「日本に一生いるかわからん」と思っている。かといって、今から弁護士を目指したり、数学者になったり、原子力研究者になるのは難しい。

今、二十歳を迎える子たちに比べると迷うことができなくなっている。

一方で、「人生は四十からやり直せる」ことを示す人もいる。

先日家に来た相方の友人は、この間翻訳の仕事を獲れたという。海外を放浪しながら英語力を磨き、今は保険の仕事をしながら翻訳の勉強をして、偶然来たチャンス。これを次に繋げたいと意気込んでいた。

機械翻訳の登場で翻訳業は全体として厳しい環境にある。それでも果敢に挑戦する人のもとにチャンスは訪れるのだろう。彼女は「やり直している」意識はないだろうが、放浪、保険、翻訳の転身は人生をオーバーホールしているようなものだ。

不惑になっても前進し続けている姿はなんともカッコいい。

 

そもそも「不惑」とは『論語』にある言葉である。

子曰わく、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳従う、七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。

子とは当然、孔子を指す。ただ、中国の春秋戦国時代だから平均寿命はせいぜい40か50歳くらいではないだろうか。「三十にして立つ」は遅い気がするし、七十まで生きるのは一握りだろう。

その意味ではこれは未来にむけた言葉だったのかもしれない。

不惑になって惑わない人、惑い続ける人。それぞれの人生を見つめなおすための。

避難小屋に泊まりたい

ここのところ旅行に行くにしても登山に行くにしても計画が雑になる傾向にある。

「まっ、なんとかなるだろう」ということで、宿泊場所とかを決めずに行ってしまう。結果、現地で「予約は?」と訊かれて𠮟られたのが、今夏の北アルプス縦走だった。最近、計画やら日程に縛られない山旅を求める潜在意識が強くなっている。

どこかに泊まる場合、テント泊が好きだ。自由な空間というのがいい。しかし、国立公園内は指定地以外で幕営禁止という掟があり、難しいことがある。

なかなか自由にとはいかない。

そんな時に役立つのは山小屋。

しかし、当然と言えば当然ながらテント泊より高くつく。昨今はコロナ禍で値上りしており、ビジネスホテル並みになってきた。

こうなると最終手段は無人の避難小屋ということになる。しかし、と「しかし」だらけの文章になってきたのだが、避難小屋にも問題がある。基本は避難目的だから気軽に使うわけにいかない。ただ、場所によっては「ここいいなあ」という小屋があったりする。

その例が屋久島の避難小屋。上の写真がそれで、レンズに水滴が付いたまま撮ってしまった写真なのだが、広くてきれい。ただ、われわれが泊まったのは2月で他に誰もいないので非常に寒かった。

避難小屋は適度に人がいないといけないし、混むのも困る。その加減が難しい。

この写真は南アルプス聖岳の近くの兎岳避難小屋。石造りだが、中は板敷で適度な広さ。この日は4人ほどの宿泊でちょうどいい感じだった。

石造りなので風が強い中でも強固にわれわれを守ってくれた。

 

避難小屋のいいところはテントのように撤収がいらず、雨風が凌げるところ。あと中にいる人と仲良くなれる。

一方で混雑時にはケンカが起きたりと大変なこともあるらしい。私は見たことがないが、気分がギスギスする泊りは嫌だな。

ここのところコロナ、コロナでいろいろ控える部分もあったが、避難小屋をつないだ山旅も時折やっていきたい。

IQと頭のいい子と将来の夢

週末、相方とネットで『将棋の渡辺くん』という漫画を見て思わず笑ってしまった。

渡辺くんとは将棋の渡辺明名人で、作者は妻の伊奈めぐみさん。渡辺名人14歳でプロとなり、初の永世竜王資格者となる。タイトル通算31期は歴代4位となる。

この大棋士と言っていい彼のIQはどのくらいあるかと測定してみたらしい。比較として妻のめぐみさん。彼女も棋士を目指した人である。

渡辺名人の結果は後にして、相方の勤めるフリースクールには「うち子はギフテッドなんです」という親が時々来るらしい。

ギフテッドとは「神に才能を与えられし者」。つまり特別な才能を持つとしてIQで言うと130以上の子を指すらしい。ソフトバンクグループの孫会長なんかも支援していて、日本でも天才児をしっかりと育てる仕組みを作ろうとしている。

私の身近にIQを測った人間として弟がいる。彼は日英仏独を程度の差はあれ話すことができ、イタリア語も日常会話くらいはできる。凡夫たる私からすると凄いレベルなのだが、彼の語学力はIQで120に達しないらしい。一方で100以下という能力もあるので、平均値としては一般人レベル、100くらいに落ち着くのだとか。

130を超す凄い子にはなかなかお目にかかれない。それでもわが子のIQに対して異常に執着する親は多いのだ。

将棋界では藤井聡太竜王が14歳でプロになり、藤井フィーバーを巻き起こしている。

今は20歳となりさほど言われなくなったが、モンテッソーリ教育とやらが随分注目されたりと、「どうやったらウチの子を藤井聡太にできるか」みたいな書籍がよく出ていた。

どの親も「頭にいい子」に育てたいわけだ。

しかし、頭が良くて、成績が良くて、一体どうなってほしいのだろう。頭脳明晰、スポーツ万能は結構。ところが優秀であるという事実は他人との比較の中で存在価値を見出しているに過ぎない。

優秀であれば劣等感を感じなくて済む。ただ、それだけを頼りに生きてほしいのだろうか。もっと「この世界は面白い」と感じさせる方が肝要だと思うのだが。

 

さて、ネタバレになるので、漫画でオチを知りたい方は読まないでください。

渡辺名人のIQは99だった。ほぼ一般レベル。というか普通過ぎる。

私が言うのもナンだが、プロ棋士は自分の生まれる前の記録まで覚えているほど暗記能力がすごいのである。おまけに20手、30手先の詰みを勘で探せちゃったりするのである。

しかし、どやらIQは99でも将棋のトップになれることが証明されてしまった。

わが子に藤井くんのようになってほしいと思う親はどんなことを思うだろう。

年に何泊キャンプする?

今は9月の連休、どこに行こうかで頭がいっぱいになっている。

ここ最近は遠出するとなると1泊はキャンプで、もう泊は宿。2泊とも宿ということはあまりない。

旅先でのキャンプがデフォルトになりつつある。

ここ最近年に何泊しているか数えてみた。

2020年 8泊

2021年 11泊

2022年 6泊

特に夏休みが大きい。2020年は北海道の利尻・礼文島を中心に5泊。2021年は知床周辺で計6泊した。北海道のキャンプ場は広い上に近くに温泉があったりするので素晴らしい。

今年は北アルプスで計5泊。雲ノ平に3連泊している。

北海道はキャンプ天国である一方で、関東周辺は料金も高いし、混むかアクセスが悪いかのどれか。

上の写真は本栖湖キャンプ場で、広くて開放的なところがいい。料金も1人1500円くらい。あと温泉があれば言うことナシなんだけどな。

われわれのようにマイカーなし、公共交通機関か自転車でアクセスする人間はキャンプ場へのアクセスも重要な要素となる。

登山では比較的楽だ。たいていが登山ルートの途中に設置されている。

ところがオートキャンプ場などというものになると、「オート」が前提なので徒歩キャンパーを意識していないところが多い。昨年、行った網走のキャンプ場は駅から徒歩1時間。いや、遠かった。

 

そんなこんなの愚痴を言いつつも、キャンプはいい。

家という軛を逃れ、好きなところに寝泊まりし、好きな時に起きるのだ。実際は好き勝手に泊まれないからキャンプ場というところが整備されるわけで、規則もきっちりあるのだが、束の間の自由を味わうことができる。

なんちゃってノマド遊牧民)となって今度はどこに行こうか。

中秋の名月を観る

土曜日は中秋の名月ということでお月見をした。

道理で金曜日にマクドナルドで行列ができていたわけだ。月見バーガーに並んでいたらしい。

 

ベランダにアウトドア用の椅子、ヘリノックスのチェアワンを出し、窓際にちゃぶ台。そしてちゃぶ台の上に月見団子をのっけて月を見ながら食する。

としたかったところだが、ベランダが狭いので、1人しか月を見ることはできない。結局、1人が月を眺め、もう1人は部屋の中で月見団子を食べるという分担月見会となった。

夏目漱石は"I love you."を「月が綺麗ですね」と訳したらしい。中学校の英語なら部分点ももらえないが、日本人らしい恥じらいが込められていると言えなくもない。

それでは"The moon is beautiful."と言ったらイギリス人は何と言うだろう。「そうね」と返されて終わりだろう。いや、返してくれるだけでもいいか。

そんなわけのわからないことを考えつつぼんやりと月を眺めた。

 

お葬式について考える

ニュースを見ると「国葬」議論で盛り上がっている。

そう書いてみたものの特に政治的なお話を書こうというわけではなく、「お葬式」というものについて思ったことを書いてみたい。

 

お葬式と言って思い出すのは、30年くらい前に祖父が亡くなった時はずいぶん人が来て大変賑やかだったことだ。かなり遠縁の親類までいて、大人たちは夜遅くまで話していた記憶がある。

豪放磊落で知られた祖母の兄がシベリア抑留の話をして、棺の前に皆が笑い転げたという。シベリア抑留をどう面白おかしく話したのか。聞いた人たちに確認してもみんな覚えていないという。ぜひとも生で聞きたかった。

こういう賑やかな葬式もいいなと思う。

一方で、何とも言えない気持ちになる話も耳にした。

ある家庭は昔自宅の裏で工場を営んでいた。羽振りのいい時期もあったらしく、ブランド品もずいぶん持っていた。有り金はぱっと使ってしまうという生活だったらしい。その後、商売は傾き、工場は閉鎖。すでにいい年だったので、国民年金で慎ましい生活を送るようになった。

しかし、ここで誤算だったのが娘が戻ってきたことで、精神を病んだとかで実家で生活するようになる。家族3人が国民年金2人分で生活するのは難しく、たちまち困窮するようになった。

そのうち父親が死去。金がないので葬式も挙げず、読経もなく、火葬のみで共同墓地に埋葬された。

家族がいるのに無縁仏のような扱いになるのは他人が聞くと不人情な気もする。もちろん赤の他人のたわごとに過ぎないのだが、もうちょっと家族は何かできないのか。あるいは本人は葬式か埋葬代くらい残して死ぬ方がいいのかと思ったりした。

「世界一のケチ」で知られるヘティ・グリーンという女性実業家のお葬式はある意味で皮肉だったりしたようだ。

ヘティ・グリーンは1900年代初めに投資によって巨額の資産を築いた実業家である。世界恐慌を予測し、恐慌の起きる直前に預金を一気に引き出し、銀行をいくつも潰したという。

「慳貪」とはこの人物のためにあるような言葉で、それほどの大金持ちにもかかわらず、金を使うのは大嫌い。冬はコートの下に新聞紙を挟んで防寒着としていた。

その大金持ちは莫大な資産を築き、そして使い切ることなく卒中で亡くなる。

そして息子はその遺体を一等列車に載せて運んだ。もし生きていれば乗るはずの一等列車に。

 

お葬式というのは死者のためでなく、遺された者のためにある。

国葬の議論も結局は死者の意思ではなく、遺された者の考えによるものなのだ。