クモノカタチ

山から街から、雲のように思いつくままを綴ります

一眼レフ?ミラーレス一眼? カメラに悩む

またしても電器店でカメラに悩んだ。

愛用のEOS Kiss X4谷川岳でいよいよおかしくなり始め、シャッターが時折落ちなくなっている。多分、西黒尾根の下りで豪快に尻を打った時だろう。

後で痣になるくらいでウンウン唸った。

そういうわけで、またしても電器店に赴いたわけだが、なかなか決め手がなくウンウン呻ってしまった。

 

f:id:yachanman:20201104071611j:plain

OLYMPUS TOUGHで撮影 コンデジでもよく撮れる

改めて一眼レフカメラの特徴について。

【長所】

・電池の持ちがいい

・ファインダーを見て撮れる

【短所】

・大きい

・上位機種は重い

 

ミラーレス一眼はこう。

【長所】

・軽い

・コンパクト

【短所】

・電池の持ちが悪い

 

今回、OLYMPUSのOM-Dのデモ機を詳細に見た。

スイッチをONにすると、レンズがびよーんと出てくる。何だかちょっと前のコンデジみたい。

ファインダーを覗きながらズームを使ってみると、手元の動きとファインダー内の映像がややずれる。ファインダーを覗かない方が良さそうだ。

 

それに比べるとSONYは一眼レフに限りなく近い。シャッターを押すと、スパッと落ちる感じ。実際は何も落ちないけど。

 

ただ、お店のラインナップの問題もあるが、どうもミラーレスに惹かれない。

どうしてもスマートフォンのカメラとの違いがわからないのだ。

一度買うと、10年くらい使うつもりなので、簡単に今の性能を上回る機種がホイホイ出てきてもらったら困る。

 

今、相方はミラーレスの走りとなったOLYMPUS Penのかなり初期のものを使っていて、こいつはなぜか接写が苦手と来ている。

「ピピッ!ピピッ!」

と頑張ってますアピールはすごいのだが、ピントがなかなか合わず相方がイライラするばかりか、なかなか撮影が終わらないので、私までイライラすることがある。

今のはもっと性能がいいのだろうけど、オートでしか合わせられないのは嫌だ。

 

というわけで目下のところ、候補はCanon 90Dか9000d。

cweb.canon.jp

cweb.canon.jp

 

あとPENTAX KPかK-70。防塵防滴でアウトドア派なカメラだ。

今まで奇跡的に壊れなかったEOS Kissだったが、小雨でも使うなら防滴の方が良い。

ところが、ちょっと気になるレビューが電池の持ちが悪いと。Kissはマメに電源をOFFにしていたら1週間くらい持った。黒部湖から上高地までの5日間撮りまくって充電なし。

今の一眼レフはいろいろ電池を喰う機能でいっぱいだから、これは無理だろうな。

バッテリーの問題さえなければこれがいい。

www.ricoh-imaging.co.jp

そんなわけで、マダマダ、ダラダラと悩むのである。

この悩んでいる時間が一番楽しい。

ブログPV数の疑問

ここ2ヶ月ほどの話になるが、本ブログのPV数が少し伸びた。

その前はどうだったかと言えば、月100PVくらい。つまり1日に3PV。アクセス数0の日も珍しくないということで、よくぞまあ読まれないものを書き連ねたと自分で感心する(いや呆れている)。

 

ちなみにアクセス数が少し上がったのはこの記事から。

yachanman.hatenablog.com

冒険といかずとも、順調に終わった登山よりアクシデントがあった方が面白い。というのは他人の話で我が事となればどんな小さなものでもピンチには違いない。

詳しくデータを取ってはいないけれど、これで500PVくらいになった記憶がある。

 

ピンチと言えば トイレもそれなりのピンチである。

案外こういうのも興味をそそるのかもしれない。

yachanman.hatenablog.com

 それにしても思いつくままに書いているので、どんな方に読んでもらっているのかわからない。

人がウ○コしている話なんて楽しいのだろうか。まあ他人の困惑は楽しいか。

 

時事ネタはあまり書かないけど、新型コロナと登山についてはちょっと考えさせられるものがあった。

登山という非日常に街の日常を持ち込むのには、ちょっとした困惑がある。それは山小屋の経営者も同じだろう。

しかも今回は、街の非常時の日常だから余計にだ。「密を避ける」というのは街に比べてもともと山では密になりにくい中で強調されると、妙に違和感を感じる。

 

yachanman.hatenablog.com

yachanman.hatenablog.com

 まあ善悪は別にして1000PVくらい行ったかな。

 

なんだか暗い時事ネタを振り切ろうと書いたのがこれ。

ご当地シリーズで、都道府県別にいじってみるというもの。

地元にいると名所には行かないし、名物も毎日は食さない。それでも名所も名物もないと少し悲しいのが日本人の地元観だろう。

 

ちなみに岐阜県出身の相方が好きな地元名物は五平餅と言っていた。

私の感覚からすれば「長良川の鵜飼」が有名なのだから「鮎」となるのかと思ったら、養殖の鮎は脂が臭くて不味いらしい。それでも給食で鮎や鰻が出たというから羨ましい限りである。

 

まあ名物に美味いものなしというものかもしれない。

yachanman.hatenablog.com

 この記事は妙にPV数が伸びて1万を超えた。

内容なしの薄っぺらい記事と思われただろうか。そのあたりはわからない。

 

気がついたら書き始めて2年。

あんまり読まれることを意識しても仕方ない気もしてきた。

これからも読まれないかもしれない駄文をどんどん書いていこうと思う。

健康のために登山をやってはいけない

祝日に相方が1人で登山に行ってきた。

頂上には10時に着いたのに、家に帰ったのが夕方5時だという。下山ルートを間違ったのだとか。

それに対して「危ないじゃないか!」と私が怒ったとかいうわけではなく「ふーん」と答えるばかりである。そういうことは私もよくやる。

 

ここのところ世間、もっと狭めて会社なんかでも「健康経営」が喧伝されている。

その中身は何かと言えば「メタボ撲滅」と「禁煙」となっていて、これさえやっていれば健康になれるかは疑問だが、とにかく煙草をやめて痩せよという。

登山はこの両者からは相反する立ち位置にある。体重は少ない方が有利だし、呼吸器は強い方が良い。登りたければ健康経営推奨の路線に乗ればいいのである。

 

ところが本気で登山をやってしまうとそうもいかない。

なにしろ登山でメタボを防止し、呼吸器を維持するのはそうしておけば楽だという面とそうしなきゃ死んでしまう面がある。健康経営の主眼は健康寿命を伸ばすことにあるのだから、その前に山で窮地に追い込まれてはいけないのである。

yachanman.hatenablog.com

登山というのは基本的に反社会的行為だ。

別に犯罪というわけでなくても、生産的行為でもないのに、命を曝すのは社会のためにならない。私なんかは今年、1月に指を軽く凍傷にし、8月には沢で溺れ、先日は谷川岳の下山中に尻を打って大いに痛かった。

今のところ胆嚢にポリープがある以外は健康ではあるが、会社や社会が望む健康な行為とは程遠い。

f:id:yachanman:20201104062847j:plain

笛吹川、魚留の滝は左から登る(本文と無関係)

 

しかし、健康と登山が最も相反するのか、それは山好き、川好き、海好きは天気の良い週末に仕事なんかをしていると、精神がより不健康になることだろう。

そういう意味では今年の初めは忙しくてなかなか山に行けず、ようやく行ったら溺れて死ぬかと思う目に遭っている。

健康のために登山をやっているわけではないし、健康のために登山をやってはいけない。

人生を真面目に生きることについて考える

去年からどうもずっと忙しい気がする。

梅が咲き、桜が咲き、躑躅が咲き、紫陽花が咲き、向日葵が咲き、金木犀が咲き、曼珠沙華が咲いていたと思ったらもう冬が間近になっていた。

どうやら私は"真面目"な奴と思われているのか、どかどか仕事が降ってきて、結果、どんどん仕事に時間を喰いつぶされている。

真面目な人間とはいかなる者を指すか。辞書的な意味は脇に置いて、滅私奉公を指すことが多い。要は尽くす人だ。

角幡唯介さんが「家族サービスという言葉は家庭の外でも中でも滅私奉公を美徳とする日本人の考えの現れ」という趣旨のことを書いていた。会社では会社のため、家庭でも家族のため、私利私欲を捨てる修業的な考え方を尊ぶようである。

夕方のニュースで、行楽地帰りのお父様方が渋滞の中で「疲れました」とテレビカメラに答える姿は、「家族のために尽くしています」という感じがする。

 

一般的な「真面目」には意思、考えがないのも特徴だ。

「これやっといて」と言われて「こんなん意味ないでしょ」などと口ごたえする人間は真面目とはみなされない。非効率で面倒なことでも手を抜かずに丁寧にやれば真面目と見られる。

私は「手抜き」を真面目にやる人間なので、このあたり微妙だ。以前、キャッシュフロー計算書に誤りがないか、自動判定するシートを作ったら、手抜きと見られた。

いちいち電卓をたたく方が真面目にみられるらしい。

f:id:yachanman:20201103080314j:plain

 

一般的な真面目と人生を真面目に生きることが違うと気が付いたのは就職してかなり経ってからのことだ。

 

野田知佑『旅へ 新・放浪記1』

 マジメに生きたいと思っているから就職しないで頑張っているのではないか。不マジメならいい加減に妥協してそのあたりの会社に就職している。

 

真面目をテーマに考えるとこの一節がよく思い浮かぶ。

流れに身を任せて大学を卒業し、就職してしまった私などは肩身の狭い。私は決して滅私の人ではないが、適当に妥協しながら生きているのは確かだ。受験も就職もなんとなくやって、希望通りでなくても、なんとなく蓋をして生きてきた。

自分の意思で人生を切り拓いてきた人の言は違う。

 

相方の話。

野田さんが校長を務める「川の学校」の夜、小学五年生の女の子と話をしていた。

「学校の先生ってズルいんだよね。前に言っていたことと違うことを『さっきも言ったでしょ!』って言う」

「まあ学校の先生も人間だからね」

相方は元先生だ。

「野田さんの『日本の川を旅する』を読んだよ」

「ふーん。私も野田さんの本を読んで生きることに真面目だから悩むってわかった」

相方がそう言ったところで、脇で寝ていたような野田さんががばっと起きて言った。

「そうだよ!真面目だから悩むんだよ!」

 

真面目に生きる人は、自分の人生を真面目に考える人なのだ。

テントで安眠する方法について

朝5時に家を出て通勤している。なんでそんなに早いかと言えば混んだ電車が嫌なのと、座って行けるからだ。眠い目をこすりながら出かけている。

駅の近くのカラオケボックスの近くを通ると、毎日と言っていいほど居酒屋からの徹夜カラオケかなという若者たちがたむろしている。

そんな彼らを見かけると、「働きもせんで!」と眉をひそめる大人もいるけど、私は「徹夜なんてすごいなあ」と感心したりしている。今の私にあんなことはできない。

f:id:yachanman:20201102062516j:plain

平らな寝床は眠りやすい

眠ることは好きだ。

テント泊がなぜ好きかと言えば、好きなだけ寝られることも大きな要因である。

そんな私の眠る方法へのこだわりをつらつら書いてみたい。

 

①暖かくする

当然と言えば当然。暖かくすれば寝やすい。

寝袋よりマットにこだわった方がよい。下が固いと寝づらいので、厚手のエアマットがベスト。サーマレストのネオエアはすごくフカフカらしく、「ホテルのベッド並み」なんて聞いたことがある。

寒い時期なら、テントの床に厚めの銀マットと厚手のエアマットなら最高だ。ネオエアは全身用だと2万円くらいするので、私には手が出ないのだが。

 

末端を冷やさないことも重要だ。日が落ちると急激に気温が下がることがある。

そんな時はテントシューズ、通称「象足」が役に立つ。さらに寒ければダウンジャケットとダウンパンツを履いて、もこもこになってしまおう。

f:id:yachanman:20201102063909j:plain

テントシューズ(通称:象足)

 

あと、スープを飲んだりすると身体が温まる。

そのまま寝袋に入って、体内の暖気を逃さないのが重要だ。

 

②音と光を避ける

テントは布切れである。したがって、遮音性や遮光性はあまりない。

しかしながら、わりと遅くまで起きている人や夜中にトイレに立つ人がいるから厄介だ。ヘッドライトの光がちらちらして目が覚めることもある。

対策は大それたものではなく、耳栓とアイマスクをすること。私はかつて耳栓代わりにウォークマンを持って行っていた。

 

混んだテント場だと鼾が気になることもある。

私は風の音なら寝られるのに、他人の鼾では寝られない。なぜだろう。

 

③適度に疲れる

登山の場合、大抵早起きだし身体も疲れている。過度に疲れると寝付きにくいが、適度に疲れていたら、早い時間に寝られる。

先日、谷川岳に行ったときは6時に寝てしまった。5時半に夕食を食べ、歯を磨き、文庫本をめくると、1ページ読まないうちにパタン。

なお、こういう場合は紙の本がよい。液晶画面を見ていると目がさえて寝づらくなる。

 

こんな風に睡眠へのこだわりを書き出したらキリがない。空腹は寝たら気にならないが、寝不足は辛い。

山の「三年寝太郎」の私は、徹夜明けの若者たちの脇を通ってトボトボと今日も会社に向かっている。

ホテルの食事どろぼう

先日から帝国ホテル東京に出入りすることがあった。

別に威張るような話ではなく仕事だ。


帝国ホテルクラスのところになるとパーティーやお別れ会が頻繁に行われる。

特にお別れの会は故人を偲ぶものなので、大抵は誰でも入ることができるようだ。企業の元重役なんかはどこでどんな知り合いがいるか、本人以外にわからないから、主催者側はノーチェックでどんどん通してしまう。

そんなお別れの会を狙って食事やお土産を頂戴して帰る輩がいるらしい。

f:id:yachanman:20201101083118j:plain


一流ホテルは一流の場所にあるのだから、来るには電車賃がいる。まさかそんなセコい人間がタクシーで来るわけないし、近辺に住んでいるとも考えにくい。

片道250円として往復500円。いちいち出かけるくらいならコンビニでのり弁でも買えばいいのに。


f:id:yachanman:20201101080038j:plain


そんな人たちが一流ホテルに出入りするのは、食べ物だけが目的ではないのかもしれない。

確かに一流ホテルともなると、肉も寿司も一流。いいものを使っている。ただ、バカ舌の私なんかは駅前のクイーンズ伊勢丹の惣菜と何が違うのかわからなかった。

違いは結局のところホテルスタッフがどんな人にも王侯のように接するところか。ホテル側は少々怪しい人間でも不法行為をしているわけではないので、優しく丁寧に、仕事として応対する。

それがいいから「どろぼう」たちは再び一流ホテルの扉をくぐるのだろう。


「どろぼう」たちが盗んでいるのは食事ではない。

一流ホテルの一流のもてなしと他人に少し優しくされることなのだ。

夢の散財家になるために

先日、某一流ホテルで昼食を取るという機会に恵まれた。

まあイベントをやって、その残り物を漁るというというか頂戴したわけで、寿司は残っておらず、カレーとオードブル少々という具合だった。それでも1人前1万円也のフランス料理で、ローストビーフはホテルこだわりのもの。「うまいうまい」と食った。

 その晩、ズッキーニを豚肉で巻いたものを相方が作ってくれたので食ったらこれも「うまいうまい」である。

高級ローストビーフは美味かったものの、時間がなかったので、食したというより飲み込むようになって味を堪能できなかったのだ。

まあ、ズッキーニの豚肉ロールも口に放り込むなり「どう?」と感想を求めるのには閉口したが。

 どうも私に贅沢は向いていないらしい。

f:id:yachanman:20201031101756j:plain

一流ホテルのステーキ(本文とは無関係)

 

山で出会った友人がいる。久しく会っていないのだが、ブログで近況を知るに、家を建て、車をスポーツカーとファミリーカーの2台買い、最近家族用のテントとカメラを買ったという。

彼はお金を使うのが上手だ。

ホテルで気取ったディナーなんかより家族でキャンプに行くための車とテント、子どもを写すカメラと一番搾りがあればいいのである。明確に楽しむためには金を惜しまないという姿勢が表れている。

聞いているだけで楽しい散財家なので、彼がブログにアップするのを楽しみにしている。

 

ある山の友人はコロナで仕事が減っているので、その時間をランニングと登山に充てている。収入は減るかもしれないが、今まで仕事に時間を喰われていた腹いせらしい。

冬は「八甲田山、死の彷徨」と同じコースの雪中行軍に行き、初夏から晩秋にかけては沢登り。雪と沢と利尻山をこよなく愛する女性である。

時間がある時は好きなことに存分に使う。これも別の意味で羨ましい散財家だ。

f:id:yachanman:20201031150643j:plain

2人の友人とも焚火が好き

私は別に金に困っていなくてもなかなかできない。根っから貧乏性なので「贅沢怖い病」である。

金を使うのもそこそこ。会社に命ぜられれば晴れの日に休日出勤。なんとも中途半端だ。

 

日本人は勤勉、貯蓄好きとして知られる。

給付金の話を見ても、もらった金を散財するなんていうのは少数派で、将来に対する備えを優先している。これはもう国民性といえるかもしれない。

yachanman.hatenablog.com

 なぜ貯めるのか。

私が考えるに将来にわたって稼ぐ自信がないからのように思える。

植村直己の本などを読むと、グリーンランドなどのエスキモーたちは入った金を瞬く間に使いきる。金銭というものの歴史が浅く、金銭で貯蓄するという考え方がないとも考えられるが、そもそも腹が減れば獲物を獲りに行けばいいという考えである。

 散財家の友人たちは、詳しいことはわからないが、かなり「デキる人」たちだ。あれば使い、なくなれば取りに行く。貯蓄に励むのは単に真面目なだけでなく、将来の自分に対する自信のなさが表れている。

夢の散財家になるには良い狩人になるしかないようだ。